娘がまさかのカンニング…“名門中学に入れたい”親の欲とどう向き合う?|おおたとしまささん受験進路相談
【今月の質問】
小1からの塾通い。
息切れしないコツを知りたいです。[受験進路相談室]
Uさんの場合
【家族構成】
夫、長女(小1)
【今回相談する子どもの状況】
2歳から年長まで公文。小1になるタイミングでサピックスに入塾。そのほかの習い事は週1でピアノ。
この春、小1の娘がサピックスに入塾しました。学習習慣・向学心が身につけばと思い通わせ始めたのですが、組分けテスト等の機会も多く、テストと聞くと親として欲も出てきます。また、近所に御三家と呼ばれる中学があり、そんな中学が近所にあるんだったら「とりあえず狙うでしょ」と子どもの人生なのに親の欲が至るところで出ていることに気づかされます。
子どもと共に私自身も中学受験勉強する気持ちでおりますが、果たして私が勉強内容についていけるのかも不安で早い段階で疲れそうな気も(子どもというより私が)。「人生一生勉強」と思いつつ、子どもに「学ぶことの面白さ」を伝え続けながら、これから続いていく長い長いマラソンを親子で走り続けるコツを教えてください。
中学受験までまだ時間は十分あるから、焦らずに100点がとれないことに慣れていけばいいと思います。
U(相談者):長女が小1になるタイミングでサピックスに入りました。入ってみるとテストや催し物がいろいろあって、自分の中に次から次へと欲が湧いてくるのを感じます。でもこれが6年続くのかと思うと、結構長い道のりだなとも感じます。そんな中、ちょうど昨日、衝撃的なことがありました。外部のテストも経験させてみようと思って受けてみた四谷大塚のテストの結果が、ものすごく良かったんです。学習の成果が表れ始めたのかもしれないと思って、喜んで娘に伝えたら、小さい声で「いや、これには理由がある」と言われたんです。もうその瞬間、カンニングだなと(笑)。パパには絶対に言わないでと。隣の人のを見たんだと。それを聞いて、私、ショックで……。でもパパに言わないでってことは、悪いことをしている自覚はあるんですよね。私の期待が彼女には負担になってしまっているのかなとも思うし、本人も「テストで100点以外見たくない」と言っているんです。塾のテストは100点をとる前提でつくられていないから、100点じゃなくていいんだよと伝えても、本人は100点じゃないと嫌みたいです。でも実は、サピックスに対してもそんなに積極的に通っているわけじゃないです。なんか「勉強が嫌いになってきた」とか言い出して。だから、ちょっと早めに一度撤退したほうがいいんじゃないかという気持ちがいま強くなっています。いまの状態は、マラソンでいうなら一つの試練だと思うんです。こういう試練って学年を重ねるごとに出てくると思うので、どうやって乗り越えたらいいのかなということを相談したいです。
オ(おおたさん):昨日の今日ではまだ動揺が収まっていませんよね。四谷大塚のテストというのは?
U:統一テストみたいなものと、リトルスクールオープンテストという、外部生向けのイベント的なテストですね。
オ:なるほど。お母さんがプレッシャーをかけちゃってるんじゃないかと心配してらっしゃいましたが、具体的に思い当たる節はありますか?
U:通塾させていること自体がそうだし、学校でも塾でもいい点をとったら褒めるじゃないですか。それも期待の表れだろうと思ってます。公文に通わせていたので、勉強はするものだと言ってしまっているところもあって。自転車で東京大学の前を通ったときに「すごくいいところなんだよ」とか、早稲田大学の前を通るときも「ここはね~」なんて入れ知恵をしようとしてます。学習は楽しいことだと洗脳するような感じというか……。でも娘は「別に大学なんて行きたくないし」とか反発してて、ことごとく私の作戦が失敗しているような気がして、もうぜんぶやり直したい!みたいな(笑)。
オ:カンニングの告白で「いや、これには……」って間を置くあたり、ただ者じゃない(笑)。光景を思い浮かべるとつい笑っちゃいますけど、ユニークというか、頭の回転が速いお子さんなんでしょうね。どこまでプレッシャーを感じているかはわからないけど、お母さんの期待はきっと感じとっていて、「あぁ、また始まったよ」みたいに受け止めているかもしれないですね。ちょっとぼーっとしているくらいの子のほうがそういう作戦には乗っかってくれやすいんですけど、頭がいい子は親のそういう下心を見抜きますからね。冷たいリアクションが返ってきたら、「お母さんちょっとうっとうしいよ」という意味だと思うので、ちょっと控えめにしてみるとか、その都度距離感を調整してみてください。あと、お母さんは、自分の欲を自覚されている点が素晴らしいですね。それって無理矢理抑え込もうと思っても難しいので、その湧いてくる欲とどう付き合っていくのかを学ぶ機会だと思って、この6年間でスキルアップを目指せばいいと思います。
U:今後はテストは控えめにしようかなと思いました。
オ:本当なら小1からサピックスに行く必要はないし、行っているだけですごいことなので、それ以上にやらせる必要はまったくないし。むしろいまから欲張っていると確実に息切れします。低学年のうちは自由な時間の中で子ども同士ですごすのが大事だし、休日も親と近所をのんびり散歩したりするほうが子どもの人生にとっては財産になるはずなので、そこをできるだけ犠牲にしないことを第一に考えましょうよ。100点以外見たくないというのはきっと公文の影響ですよね。公文は100点満点をとらないと次に進めないので、2歳からやっていて、そのスタイルが身についているんでしょう。公文の頭から切り替わるまで、しばらく時間がかかるかもしれませんね。
U:100点じゃなくていいって、わからせるためのいい言葉がけとかありますか?間違えがわかったほうが得じゃんって思うんですけど。
オ:間違っていることを成長のチャンスにして新しい自分と出会うって、すごく抽象的な思考ができないと理解できないことなので、小学校低学年にその理屈は通用しません。効果があるかはわからないけれど、たとえば点数ではなくて、この問題できたよね、どうやって解いたの?と聞いてあげるとか。間違えた問題についても、消しゴムで消したあとがたくさんあるね、何度も考え直したんだねと言ってあげるとか。中学受験までまだ時間は十分あるから、焦らずに100点がとれないことに慣れていけばいいと思います。
中学受験も最短距離を歩むなんてありえない。必ず落とし穴があるし回り道をさせられることもある。
U:なるほど、わかりました。あと聞きたいのが、学年が上がるにつれて、どこかで現実と折り合いをつけていくことになると思うんです。御三家とかの理想と現実と。ほかの親御さんたちは、自分の中で折り合いをつけているのか、それとも何かしらのスキルが必要なのか、自然とそうなれるのか。
オ:結論からいえば、現実を見て、受け入れるときがくるんだと思うんです。そこに至るプロセスには2パターンあります。シビアな言い方をすれば、目標とする偏差値を見るか、子どもそのものを見るか。偏差値を見るとは、目標とする偏差値になんとか子どもを近づけようとする思考。子どもを見るとは、その子なりの頑張りで行けるところまで行ければいいやという思考。どちらに視点を置くかで、中学受験のスタイルって大きく分かれると思うんです。僕の感覚では、目標のほうを見てしまうと悲劇になることが多い。要するに、子どもを見なくなっちゃうので、子どもからしたら、「私のこと見てくれてないよね」って気持ちが常にある。桜蔭なら桜蔭、女子学院なら女子学院に行く偶像としての私がいいんだよね、ありのままの私じゃダメなんだよね、って気持ちになる。それを受け入れて、死に物狂いで食らいついて親に認められる自分になろうとして本当に合格しちゃう子もいるけれど、それだと入ってからもきついですよね。自己像がめちゃくちゃになっちゃってますから。
U:このカードで何が買えるんだろう?みたいに子どもの成績表を見てしまう。たいしたカードでもないのに、価値が上がるんじゃないかって目で見てしまう。
オ:みんなそうですよ。特に低学年のうちは。ひょっとして御三家に入れるんじゃないかってみんな思ってる。そう思うこと自体は悪いことじゃなくて、怖いのはそういう学校に入れないとダメだみたいな強迫観念に囚われちゃうこと。
U: 親には正解はわからないし、私は昨日今日で子育て失敗だったかもって思ったけど、別に失敗もないっていうことですよね。超納得です。いつも正解不正解で考えちゃうから。これでよかったのかな、サピックス入れてよかったのかな、このまま続けていいのかなとか、そんなのってわからないですよね。
オ:こういう話がすんなり伝わるのは、お母さん自身が人生でいろんな道を歩んできて、何が正解かってわからないよねっていう経験が豊富におありだからなんだと思います。そういう人だったら多分大丈夫ですよ。中学受験の日々って、映画の『ロード・オブ・ザ・リング』みたいなもの。マラソンって最短時間で行くのがいいじゃないですか。でも大冒険って、最短距離を進んだら物語にならないじゃないですか。途中で落とし穴があったり回り道があったりするのをどう乗り切るの?っていうのが成長のストーリー。中学受験も最短距離を歩むなんてありえない。必ず落とし穴があるし回り道をさせられることもあるし、とんでもない怪獣に襲われることもある。逆に言うと、ちょっと躓いたくらいで焦っちゃいけないんですよ。マラソンをやってると給水所でちょっと躓くとヤバい!ってなるじゃないですか。それって、中学受験やってるとすごく多いんですよ。そこで焦ると悪循環になる。でも大冒険だから、みんなも躓くしみんなも怪獣に出会う。
U:マラソンって一人でも走れるし、何なら塾の先生に走ってもらったほうがいい可能性もあるけど、でも親子の大冒険だったら一緒にやったほうがいいわけで、マラソンよりも自由度が高くてワクワクしますよね。だからカンニングも『ロード・オブ・ザ・リング』の第1章で起きたハプニングの一つみたいな。
オ:うまい!『ロード・オブ・ザ・リング』の主人公が指輪の力でおかしくなっちゃう瞬間とかってあったじゃないですか。それを従者がなんとか引き戻したりするじゃないですか。そういうものだと思って、それぞれの親子らしいオリジナルなストーリーができたよねって思えれば大成功だと思うんです。そう思っていれば、怪獣に襲われたところでどう乗り切ろうか、回り道をした先で宝物を見つけてやろうとか、成長の機会にしていける。中学受験をしていると偏差値っていう認知能力に目がいくけど、人間性みたいないわゆる非認知能力も確実に成長するはずなんですよね。長い目で見たら、そちらの効果のほうが大きいと思う。しかも子どもだけじゃなくて親まで成長できる。そういう親子での大冒険物語って捉えると少しは気が楽になるんじゃないかなって思います。とはいえ、欲は出てくると思うので、それが自分なんだって思って、娘にもたしなめられながら歩んでください。
U:思った以上に物語的っていうことですよね。そんなに深刻になることじゃないんだなってよくわかりました。
初めてのカンニング発覚の翌日ということで、まだホットに動揺している中での相談でした。お嬢さんへの期待がひしひしと伝わってきましたが、お母さんの表情に悲壮感はなく、とても明るい方なので、あまり心配はいらないかなと思いました。お嬢さんもかなりしたたかみたいですし。6年後には、お二人らしい中学受験の物語ができあがっていることと思います。
Profile
おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。リクルートから独立後、育児・教育分野で活躍。執筆・講演活動を行う。
著書は『中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉』(小学館)など60冊以上。
http://toshimasaota.jp/
イラスト/Jody Asano コーディネート/宇野安紀子 編集/羽城麻子
VERY NAVY11月号『おおたとしまささんの「悩めるママのための、受験進路相談室」』より。
詳しくは2021年10/7発売VERY NAVY11月号に掲載しています。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。
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