カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【17歳、ミスチルのファンサイトでの思い出】
別の雑誌の話なので詳細は伏せるけれど、先日『十七歳の自分への手紙』という誌面企画に出演させてもらった。過去の自分に向けて手紙を書いて、その内容を基にインタビューを受けるという「エモ」しかない企画である。
十代のほとんどが黒歴史で構成されている私だが、いよいよその記憶と向き合うこととなり、手紙は「やめろバカ!」「後悔するぞ!」と、過去の愚かな行動に叱責を飛ばしながら、満身創痍で書きあげることとなった。
記憶の扉を開けていくなかで、ふと今まで忘れていた出来事を思い出した。
高校三年の話である。リアルがこれっぽっちも充実していなかった当時の私は、インターネットで居場所を探していた。ある夜はポエムの投稿サイトにてポエ散らかし、またある夜はテキストチャットで顔も知らぬ人たちと歯がゆい現実を憂い合った。
とある土曜の昼。いくつかのサイトを周遊していくなかで「ミスターチルドレンのファンサイト」をたまたま見つけた。明らかに素人が作ったであろうサイトデザインはあまりにポップで可愛らしく、更新もほとんどされていないだろうと勘ぐった。
しかし、この予想は見事に外れた。
サイトに設置された掲示板はほかのファンサイトでは見たことがないほど盛り上がっており、熱量の高い本気のミスチルオタクしか、そこにはいなかった。土曜の昼間、ブラウザの更新ボタンを押すたびに新規テキストが大量に降り注いでくるファンコミュニティ。
この住民たちは、一体どこで何をしているのだろうか?
いくらなんでも、ヒマすぎるのではないか?
好奇心に駆られた十七歳の私は、「るーきーくん」というムカつくハンドルネームをつけて、この掲示板に飛び込んだ。本音を言えば、自分と同じ、本気のミスチルオタクたちに出会えたことが嬉しかったのだ。
掲示板にいたメンバーは、すぐに私を受け入れてくれた。平均年齢三十歳くらいというその人たちは、私からすれば、親や教師以外でほぼ初めてコミュニケーションをとった大人たちであった。「好きな曲は?」という定番の質問に「(ありすぎて)答えられません」と答えると、「唯一の正解をよくぞ見抜いた」という返事があった。そういう面倒くさいコミュニティだった。
彼らは月に一度、オフ会なるものを実施していた。少ないときは五、六名。多いときは二十名近くが集まり、全員でミスチル縛りのカラオケオフ会を開催した。当時はSNSもネトフリもマッチングアプリもない、今ほど娯楽も多くなかった時代である。その時代において「ただミスチルが好き」という共通点のみでカラオケに集まり、ひたすら騒ぐ大人たち。その姿は私にある気付きをくれた。「大人って、思ったよりもアホだし、遊びまくってんだな」
彼らのパリピなイベントは、社会に出てしまえばひたすら労働するだけだと思っていた私に、希望の光を与えてくれたのである。
そんなふうに大人を知った私は、彼らとの月一ミスチルカラオケオフ会(通称:チルカラ☆オフ)に参加し続け、無事に大学生になった。周囲の友人は華麗に○○デビューを決めていくなかで、私だけが三十前後の大人たちとの遊びに興じていたのである。
しかし、今思い返してみると、彼らは私に酒の一滴も飲ませなかったし、決して無理な遊び、派手な遊び方を教えはしなかった(強いて言うならば、ミスチルが出演するフェスに車一台で出かけた際、途中に見かけた海水浴場で荒波に突っ込んでいき、みんなで命の危機を味わったくらいである。海水浴は決められた時間、決められた場所で楽しみましょう)。
善良なオタクの集まりだから派手な遊びをしなかったのか。それとも、未成年の私に気を遣ってくれたのか。ともかく彼らは、未成年にも見せられる程度の「ギリギリしょーもない大人の背中」をさらしてくれていたのだと、今になって気付いた。
今月で三十六歳になった。私も同じようなしょーもない背中を、若い人に見せていくべきだと感じている。
この記事を書いたのは…カツセマサヒコ
1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画化。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)も発売中。
イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc