【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(62)立春。
台所の水道の蛇口をぎゅっとひねり水を出した。
白いコ-ヒ-カップについている茶色いしみを水で洗い落としながら、目の前にある窓の外に目を向ける。向かいの家の茶色い瓦の屋根の上に突き出ている煙突から白い煙がふあふあと出ている。空は青と薄ピンク色。冬の空に春の色が数滴落とされ、じんわりと染まったかのような感じだ。いつもなら寒くて窓など開ける気にもならないのだが、そんな空を見ると外の空気を取り入れたくなり、窓のノブを回した。ヒヤッとした風が流れ込む。まったりした春の陽気を待っていたわけではない。それでもその寒さの中に春の気配がほんのりする空気に押され、何かがするりと開いたような気がした。
窓辺に飾ったこぶしの枝。
庭で折れていた、このしなやかに伸びた枝を持ち帰ったのはもう10日以上前になる。固く閉じたシルバ-の花芽がなんとも美しい。その姿を随分長く楽しんでいたのだが、数日前、朝、カ-テンを開けると殻からピンク色の花びらがひょっこり見えているのに出会した。花が咲く前にまず姿を見せる細長い葉。殻が破けた端から覗く薄緑の色が初々しい。落ちた殻も野ウサギの足を思わせ何となく滑稽で愛嬌がある。
庭ではまだまだ蕾のそのこぶしの花。部屋の暖かさで次々と咲き出していくのを見て、自分が季節を少し早めてしまったような気がしちょっと複雑な気持ちになったが、やはり嬉しくてたまらない。生命が動くのを見ていると自分の中にもぱっと花が咲いたようになる。
2月の庭はどこかそわそわしている。水仙の葉と蕾、クリスマスロ-ズは花を見せ始め、うきうきさせてくれる季節をいち早くつれてきてくれたかと思うと、うんと冷たいしとしとした雨や雪が降ったりもして、気持ちも後戻り、しゅんとしてしまうことになる。 « もうじきよ。ここにすわってまってなさい。»と、おしゃまさんに言われた春の陽を待ち焦がれているム-ミントロ-ル。彼のように早く春に近ずきたくて途方に暮れているのは私だけである。庭の植物は気後れや焦ることもなく « 今 »を生き続けているというのに。
冬の空に突如現れる明るく暖かい日差し。眼を閉じるとゆらゆらひかりが揺れる。
クリスマスロ-ズの花びらが陽に透けて見える。
春は確かに始まろうとしている。
2月の庭に座り新しい春を待とう。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/
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