【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(65)梅の花
裏庭に出ると春めいた陽差しが遊びに来ていた。
今日はそろそろ庭仕事ができる。そんな予感がし、土起こしの道具を取り出しうんしょうんしょと土を掘り返していく。気温が上がり雨水がたっぷり含まれていた土が随分乾きうまい具合に作業を進められる。モグラのように掘り起こした土にはミミズが数匹。まぶしさが苦手なミミズは体を曲げのんびり進みながら土の中の住家へ帰っていく。15分くらいたっただろうか。汗ばむ陽気にコ-トを脱ごうと手を止めた。まわりには鳥たちがどこからともなくやって来て木から木へと飛び移っていく。庭に生きる生物たち。彼らと一緒にまた庭に立てる季節が始まった。
3月に入り裏庭はゆっくり冬眠から目を覚まし出した。アジサイやアメジスト、セ-ジなどの植物はまだ心地のいい布団の中で半分夢をみているような感じがしたが、野草たちはすっかり目が覚め元気に葉を伸ばしている。
ふと見ると、気持ちよく背伸びをするように、のびのびと生える雑草の中に細長い小さな芽が沢山出ている。二ゲラの芽。去年の11月に立枯れていた二ゲラの実を手で揉みつぶし、パラパラと土にまき散らしたことを思い出した。春一番に黄色い花を咲かせるその雑草。二ゲラの成長を考えると今すぐ取り除くことも考えたが、この二つの植物が共に生き続け花を咲かせれれば、と取りあえずそのままにしておくことにした。まだ小さなその二ゲラの生命力が人間が考える以上に強く感じられたからだ。
庭仕事をしていると、時には何かを選択し何かを犠牲にしなければならないこともある。それを知ってはいるものの、この小さな庭で雑草と呼ばれる植物と自分が蒔いた花の芽の2つの生命を迷わず選択してしまうことを躊躇することが多くなった。なるべく自然に任せる。雑草と共にある庭。どこか雑然としたそんな空間が自分にはしっくりくる。
ふとどこかから微かな甘い香りが漂ってきた。優しい気持ちになるその香りを探しに庭の奥の方を進んでいくと木の枝にぽつぽつと淡いピンク色の梅の花が咲いていた。春が進むとまず咲き出すこの花。その木を見上げながらここから2000キロ離れた土地の人々のことを想う。突然起こった戦争。飛行機でたった3時間のその場所で起こっていることを思うと心が痛み、今この軽やかに咲いている花を目の前にしていることさえがどこか危うく感じる。
夜明けのかすかなひかりの美しさを思わせる繊細であどけない花びらとその香り。
梅の花が今年も咲いた。
この春の花がどこの場所でもいつものようにめでられることを願うのは私だけではないだろう。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/
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