【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす㉕スノ-ドロップの季節

 

朝8時、-7C°。

ベランダに通じる戸を開けると、ぎゅっと詰まった氷のような冷たい空気が身体を覆った。

このところ、春の口笛が軽やかに聞こえる感じがしていたのに、どうやら、あっけなく寒さの方角へ後戻りをしてしまったようだ。

A

ベランダでさえこんなに冷えているのだから庭は如何に、と覚悟をし手袋とマフラーをしっかり身に着け犬と散歩に出る。身体中にピリピリする感覚を覚える。風が時々吹き、その中を歩いていると徐々に身体の芯まで寒さが浸透していくのが分かる。速足で歩き続けた。

 

裏庭の小さな森の様な場所に赤紫のクリスマスロ‐ズが群生している。寒さを好むこの花は冬の庭で燐と咲いていて、その強さにいつも背筋が伸びるような思いがする。

B

 

けれども,今朝は凍りつくような寒さから身を守るために、茎の水分を放ち、身体を折り、花を地面につけていた。必ず又起き上がり、何もなかったように元気に咲き続けることを知ってはいるものの、今日の寒さは格別だ。大丈夫だろうか、とその打ちひしがれたような姿を目の前に少し佇んだ。

C

 

ある冬の日、エストニア人の友人が教えてくれた話がひとつある。エストニアの家には、電気製品が使われている今の時代でも、薪スト-ブや薪で火をおこして使うコンロがあることが多いと言う。時にはマイナス20℃に至ることもある厳しい冬のその土地で、もし停電があり電気が使えなくなったとしたら一体どうなるのか、何かがあった時、生命を守る手段として確かで頼りになるものを残しているというのだ。生命が脅かされるような寒さに生きるその国の人々の自然との関わりは、自分の知らない、もっと深く生活に繋がる基軸のように感じたのを覚えている。

 

D

つい最近、石の塀の内側にスノ-ドロップが顔を出し始めた。マルシャ‐クの戯曲、『森は生きている』の中で出てくる花だ。咲いているはずもない大晦日に、無理難題を押し付けられ、この花を探さざるを得なくなった少女が、森の中でたき火を囲む12の月の精霊に出会う。季節や時間の流れ、自然との関わりを考えさせてくれる物語に想いを巡らした。

E

華やかに咲くクリスマスロ-ズとは違い、そこに咲いていることなど誰も気が付かないくらい小さなこの花は、確かに新年を超えないと姿を見せない。今日のように寒さが戻ることがあっても、この花を見つけると春の予感がし、随分、毎日が楽しくなる。その横を通るたびに、いくつの花が咲いたのか数えたくなる衝動にかられる自分がおかしくなるくらいだ。

 

F

 

今夜は雪が降るかもしれない。そろそろ枯れてしまいそうな花を摘み取る。

部屋の中に入れると暖かさで閉じていた花が開いた。

春を告げる鐘のようなその花が、毎年この時期にその場所で咲いている。

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/