【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす㉟黄色の海

 

遠くの方で鳥の話し声が聞こえる。

布団の中で眼を閉じたまま、しばらくそれを聞き続けた。

A

起き上がる決心をして、あくびをしながら窓を見ると、満開の梨の白い花が日に照らされていた。今日も晴れ。時々、梨の花びらがほろりほろりと地面に舞い落ちる。雨が激しく降った日を境に、お日様はずっと上機嫌だ。

 

眠気を覚ます為に、いつものカウンタ-でコ-ヒ-を飲んでいると、「ツピッ」「ツーツー」と鳥の鳴き声が聞こえる。シジュウカラの声。春は恋の季節、オスがメスの気を引くために一生懸命さえずり忙しそうだ。リズミカルで澄んだ歌声は、確かに魅力的で、人間の私でもついつい聞き入ってしまうのだが、そんな声があちらこちらで聞こえていて、私がメス鳥ならかなり迷ってしまいそうなくらい、ライバルは多そうだ。それでも十人十色、皆それぞれ相手が見つかることを祈り椅子から腰を上げた。

B

ベランダの戸を開けると、犬が待ってました、とばかりに素早く裏庭に飛び出した。外に出てみると、さっきの鳥の声は一層空高く響き、ブ-ンと何かが飛ぶ音が混じり、その賑わいにいっきに目が覚める。ふと見ると目の前にあるカシスの花にマルハナバチがぶら下がっていた。自分より小さな花に丸い身を寄せ、せっせと蜜を吸っている。有り難い、今年もカシスが沢山できそうだ。

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こんな春の日和が続くと、ついつい寄り道が多くなる。庭をふらふらと歩いていると、目の前に黄色い一筋の道が見えた。白い小石が引き詰められた駐車場にタンポポが埋め尽くされそうなくらい咲いている。どこからともなくやって来るこの花は本当に嘘のない明るさ。おまけにこんなに沢山咲いていると、誰もいないのに、ついにこっと笑いかけたくなる。犬は花の匂いをかいていると思っていたら、容赦なしに花を踏みつけながら走っていった。

 

春が進むと庭には黄色い花が増える。そして虫たちはその花が大好きだ。

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同じ黄色の中でも山吹色、蒲公英色(たんぽぽいろ)と言ったように微妙なニュアンスの違いをその花の名前であらわされているものもある。夏目漱石の『草枕』の中では、主人公の画家が木蓮の花を「あたたかみのある淡黄」と風情のある言葉でたたえていた。

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池の傍までくると黄色い地平線が見えた。

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つい最近まで緑色だったその辺りが、突然うっすらと黄みを帯び浮き上がる日がある。そして、その日から毎日の散歩が無性に楽しみになる。冬の間に散歩を共にした緑の畑が一日一日色を増し、あの独特な香りが立ち上がり、圧倒的な、鮮やかな菜の花色となっていく。そして、その場に立つと、大きな波に身を任しているような心持ちになり、間違いなく元気になる。

 

F

何処までも続く菜の花。

その黄色の大海原を無数の蜂たちが飛び回っている。

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/