【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす ㊲リラの季節

 

林檎の木の枝が揺れているのが見えた。

窓から覗く風景、今朝は風が強そうだ。フード付きのコートを羽織り、ファスナーをしっかりと首元まで上げて庭に出る。気温が少し下がったような気がする。今年の春はなかなか前に進まない。駄々をこねる子供のように時々立ち止まり、しかめっ面でぐずぐずとしている。

思ったよりも風が強く吹いている。犬の綱を離さないように右手でしっかりと握り、左手でフードをまくり上げ頭にかぶせる。すこぶる元気な犬は、耳を後ろになびかせながらどんどん進み、それにつれられ小走りになる。正面から来る風を避けながら襟元を抑え足元を見ながら歩いて行くと、突然目の先に桃色の絨毯が現れた。

A

桜の花びら。

眼を空に向けると八重桜の枝が大きく風に揺れている。この時期に八重桜を見ることは珍しい。いつもなら林檎の花よりずっと前に咲き、早春の暖かい日差しの中で、そのふくよかな花が庭の雰囲気をぱっと華やかに変えてしまう。こんなふうに少し遅れてやって来た今年のこの花は、人を待たした時のように、どこかばつが悪そうにも見えるが、それでもやはりその愛らしさは変わらなかった。

B

薄紙のような花びらがはらはらと落ち続ける。

芝生の緑の上に積もるこの花びらを見ると、花は散っていくものだな、といつも思う。ある時期が来ると、桜の花は風に揺らされ、何の気負いもなく舞い落ち、そして、束の間の美しい何かを地上に残し土に帰っていく。どんな花でも散っていく姿は心の片隅に何かが残る。

風がふいに立ちあがった。

C

膝辺りまで伸びた野生のグラミネの群生が大きく揺れるのが見えた。

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庭のこの辺りは誰もあまり立ち寄ることもなく、雑草と呼ばれる野生の植物が、さくらんぼうや洋梨の木々、花たちに負けず元気よく生きている。手つかずの自然の息吹をほんの少し垣間見る瞬間に心がざわめく。風が鳴らす草の音を聞きながら緑のトンネルをくぐった。

紫色の花、リラ(ライラック)が空高く見える。ハート形の葉っぱがふんだんにしげる木に、風に踊るようにその花が咲いていた。毎年この花を見ると腕いっぱいに抱きかかえたくなる衝動でいっぱいになる。顔を花に近づけると甘酸っぱい香りがして文句なく幸せな気分になるのだ。

E

リラは大地の花。
気取りがなく、おおらかで、土のにおいがする。

F

桜の花が散り、今年もリラの花が咲き始めた。

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/