【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす ㊴ Herbes folles

朝。

 

裏庭に野ウサギが座っているが見えた。

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ウサギは草の中で、庭に飾る置物のように身動き一つせず一点を見つめている。こちらも息を止めていると、気配を感じたのか、ふいに身をかわし、幾度か方向を変えながらマロニエの下をくぐりあっという間に裏庭の奥へ消えてしまった。マロニエは大きな葉をわさわさとつけ、花がもう咲いている。5月も中旬だと言うのに今日も空は浮かない顔をしている。マロニエの花びらが雨風に吹かれ地面にまばらに落ちていた。

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陽がさっと差した。束の間の太陽の暖かみをかみしめながら郵便受けを見に行った。木でできた郵便箱は同じ村の住民が作ってくれたものだ。最近はそこに郵便物が入っていることはめったにない。手紙の代わりにカタツムリが入っていることもあるが、たいていは銀行の通知や広告などの味気のないものばかりで、便り、などと言うような類のものは全くと言っていいほどない。考えてみれば自分だって出さないのだから、あちらから届くはずがない。それでもやはり、毎日この箱を覗くのは不思議と楽しい。

 

後ろを振り向くと、道を挟んで広がる庭に大きな光りのかたまりが駆け足で通り過ぎた。何事が起ったのか、と空を見上げた。木々の葉が風に大きく揺れ、空に浮かぶ雲が速足で流れていく。麦畑の上にも、雲の合間からもれる陽が、夜の海を照らす灯台の光りのように大きく右往左往しているのが見えた。自然は時々驚くような美しさを見せてくれる。

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庭のはずれ。雨模様のせいで草は乾かず芝刈り機を出せない日々が続き、刈り取られることもない草は随分背が高くなっていた。細やかな紫の穂を持つもの、細長く動物のしっぽのようなもの、いろんな草が雑然と生えている。

グラミネの中を子供のようにザクザクとかき分けながら歩いて行くと青臭い草の匂いがした。長靴の少し上、膝のあたりが水滴でベチャベチャになり冷たい。いつの間にか原っぱになったその真ん中に立ち、ぐるりと周りを見渡す。あちらこちらでグラミネが狂ったように風に揺れていた。

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原っぱに立つといつも心が揺れ動く。

 

目的のない無駄のようにも思えるその場所に、人間の意図を超えた、何か未完成の、のびのびとしたものや遊びの世界が見えるからかもしれない。そしてその名前のない空間に、風に乗って偶然辿り着いた種が、思いのままに芽を出し堂々と育つのを見ると身体の中からぐっと何かがこみ上げてくるのが分かる。優しさと激情が混ざり合った風景をしばし眺めた。

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Herbes follesと呼ばれる雑草のグラミネ。

普段、嫌がられることがあっても見向きもされないその草とその足元に咲く小さな花たち。今年は雨のおかげでその姿を沢山見ることが出来た。

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駐車場の端に野草のマ-ガレットが風に揺れている。

塀の横にはピンクのゼラニウム。

グラミネと青空色のミオソテイス。

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自由を摘みながら家に帰った。

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/