【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす ㊶カモミールの季節
早朝。
太陽を背にして犬と一緒に草原の方へ歩き出した。
首筋にじわっとした暑さを感じる。空を見上げると太陽が大木の半分くらいまで上がり、もうひたすら眩しい。今日は農園の仕事で花を切る日。暑くなる前に花を切りに行かなければ。角を曲がりいつもより速足で麦畑の田舎道を進んだ。
しばらくすると遠くにオレンジ色の網の囲いが見えた。その中に生えている背高いグラミネの草越しに白い背中がゆるゆると動く。
草原に突如、十頭ほどの羊が現れたのは数日前。散歩中にその新しい住民に鉢合った犬は、見慣れない間借り人をじっと見据えながら、ぶるぶると足をふるわせた。私たちの気配を感じたのだろうか。下を向いて熱心に草を食べていた羊たちがひょいっと顔を上げ、こちらをうかがいながら大柄な一頭の周りにじりじりと集まりだした。数秒間の沈黙。それを破るようにワン、と犬が勢いよく吠る。こちらを睨みつけるようにしていた羊が勢いよく身をひるがえし、大っぴらに足音を立て走り去っていった。伸び放題になった草原で、草を食べてもらうために農園のオーナーがご近所さんから借り受けたその羊たちは今日も黙々と草を食べている。新しい生き物が加わり風景が又、面白く変わった。
散歩を早めに切り上げフランボワーズの畑に入る。緑の葉っぱがもりもりと広がっている。道を作るように切り進めていくと、ふと甘い香りが立ち上った。手を一瞬止めて辺りを見渡す。白い花びらと真ん中の丸い黄色の花托(かたく)、野生のカモミ–ルがフランボア–ズに埋もれるように生えていた。
毎年、この花と思わぬ時に思わぬ場所で出合う。もうそろそろかな、と探してみるとなかなか出合えないのに、他のことに集中していると、その林檎のような香りと共に、ひょい、と目の前に現れたりするのだ。そうこうしているうちに、人間が栽培する花や野菜を追い越すように、あっと言う間にその速さと存在感でたくましく庭を駆け巡る。
予期せぬこと。
偶然と生命力を重ねながら、のびやかに旅をし続ける種。そしてそこから生まれる野生の花を見るといつもわくわくしてしまう。時には何かをコントロールする気持ちを少し取り払い、なるがままを楽しむ。そんな様なものがひょっこり日常に入って来るからかもしれない。
今年もカモミールを摘もう。
乾燥させ瓶に入れ、そこから少しずつ香りを取り出しお湯を注ぐ。
大地の林檎。
思いがけない優しい香りがその度に蘇る。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/