【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす ㊸夏至の夜
真夜中。
激しい雨音で目が覚める。カーテンの隙間から閃光のかけらが幾度となく飛び込んでくるのが見えた。闇夜のお腹の奥底から響くような雷鳴が聞こえてくる。まだ遠い。数えきれない雨粒が激しく叩きつける音と稲妻がフラッシュバックのように続く。睡魔に引きこまれ、雷鳴を夢の中で聴いた。
朝起きると天窓の下のバケツに水が少したまっていた。そのまわりの床がびしょぬれになっている。子供が夜中に起き、窓から雨が落ちているから何か置いたほうがいい、と言いに来たのを思い出す。寝ぼけながらバケツを取り出したのだが、あまり役には立たなかったようだ。
今日は夏至。
突然暴れ出した昨日の夜の空。一年で一番陽が長くなるというのに今朝の空の顔はいまいちぱっとしない。雨が止んだだけでも良し、と自分に言い聞かせ長靴をはき庭に出る。腰のあたりまで伸びたレモンバームが生える小道を通り柵の方へ向かった。葉っぱが腕をかする。冷たい水滴が腕についた。昨日まで輝くように咲いていたバラの花もびしょぬれで下を向いている。地面にはその白い花びらが沢山落ちていたが、その横にあるハーブは、へっちゃらです、と言うように涼しい顔でしゃんとしている。何となくしょんぼりしていた気持ちが少し上向きになった。
雨上がりの庭はちょっと複雑な気分がする。
水に潤った緑と空気の静けさ。雨風に打たれて去っていった花たちの跡。雨になぎ倒された草花。太陽が戻ってくる頃にはきっとまた、しゃんと起き上がってくれるに違いなく、手を加えることなど必要もないのだろうと思う。それでもやはり、どこか混沌としたその風景の前で茫然とし、しゅんとなってしまうのはどうしてだろう。自然に任せること。それが一番難しいのかもしれない。
ハーブの足元にむしゃむしゃ伸びた丸い葉の影に赤い実が見えた。野イチゴ(Fraise des bois)。一粒摘んで食べると、甘い香りとその味で今朝の気持ちがぐんと明るくなった。森のイチゴと呼ばれる野性のこの実。普通のイチゴとは比べ物にならないほど小さいのだが、ギュッと凝縮された甘さと香りは素朴ながらも格別で、こうして庭でつまみ食いをするのが好きだ。柵の周りのカシスの森も随分黒い実が目立ち始めた。もうすぐしきりに収穫をする時が来る。
フィンランドでは夏至の日に草木に不思議な力が宿ると言われていてる。
そしてその夜に枕の下に7種類の花を置いて寝ると、夢の中で将来のフィアンセに出逢えると言う伝説があるらしい。
夕方の散歩。
庭や道端に夏の花が見える。
青と白。
白夜の森とかがり火。
そして花を摘み集める人達がぼんやり見えるような気がした。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/