【ブラインドマラソン道下美里選手】パラスポーツに全てを捧げた選手や家族の「パラリンピアン」STORY

障がいがあると「できない」「危ない」と思われがち。しかしパラリンピックでは障がいを感じさせない迫力あるプレーに歓喜するはず。耐え抜いた先に得るものがあると知っている選手たちは、新型コロナウイルスによる延期も〝プラス1年〟の力に変えました。何度も壁にぶち当たり、乗り越えて巡り合ったパラスポーツに全てを捧げた選手や家族の、試合では見ることができないSTORYを紹介します。

一人ではないことが私の強み。〝絆〟で結ばれたチームみんなで金メダルに挑み喜びを分かち合いたい

ブラインドマラソン代表推薦選手 道下美里選手(44歳・三井住友海上火災保険所属)

リオデジャネイロパラリンピック銀メダリスト/世界記録保持者

弾ける笑顔がトレードマークの道下美里さん。ブラインドマラソンの世界記録保持者で、東京パラリンピックでは金メダルの最有力候補と期待されています。視覚障がい者の道下さんの視力は、ぼんやり光や影がわかる程度。原因不明の難病により、中学生で右目を失明。25歳で左目の視力もほとんど失いました。「初めは見えなくなったことを親友にも打ち明けられず、白い杖を使うことに抵抗がありました。下を向いて歩くと宗教の勧誘が多い、でも上を向いて笑顔でいると『一緒に行きましょうか』と声をかけられることが多いことに気付いたんです。自分が張っていたバリアを外すことで自然と環境は変わりました」。26歳で盲学校に入学。走り始めた最初の目的はダイエットでした。走る楽しさを覚えた道下さんは中距離選手として頭角を現し、31歳でマラソンに転向。ブラインドマラソンは障がいの程度によってクラス分けがされていて、道下さんは伴走者が必要。伴走者とは“絆”というロープで繫がり、ランナーの目として、走路の状態やコースの誘導、ペースや時間などの情報を声で伝えます。「私は“チーム道下”という力強い存在に支えられています。コロナ前の通常1週間の練習では10人程の伴走者に支えられ、応援を含めるとメンバーは100人を超えます。一人で走れないことが逆に利点になっていて、同じ目標に向かう仲間がいるので、常にモチベーションを保てています。ロープを持って走ることは接触や転倒する可能性もありますが、伴走者には一人で走っている感覚を追求させてほしいとお願いしています。声掛けは記録にも影響する重要なポイント。『大丈夫だよ、そのリズムで行こう』などプラスになる声掛けはペースも安定し、記録にも影響します。気持ちの持ち方でパフォーマンスが変わるんです」。しかし、3年前には記録が出せずスランプに陥ったこともあったそう。そんな時も仲間たちは「結果を出さなくていいよ。東京で結果出せたほうがドラマになるよ(笑)」と気持ちを楽にしてくれたと言います。「リオでは思い描いていたレースができずに悔し涙を流しました。翌日から練習したので、東京パラリンピックは誰よりも早く準備をしたという自信を胸にスタート地点に立つつもりです。目が不自由になり、マイナスな気持ちも持ちましたが、その中でできることを真剣にやってきました。全てあの時があったから今があると思える。気持ちを切り替えるだけで可能性は無限だよと、走りを通して伝えたいです」。

    144㎝の小さい体型を生かした超ピッチ走法で粘り強い走りが特徴。伴走者は元実業団ランナーの河口恵さん。
    笑顔は出会いのパスポートです」と道下さん。
    絆のロープはたるませ手が振りやすいように。「〝ひょっこりひょうたん島〟などリズムを刻んで走っています」。
    中学生で右目を失明。
    短大時代にバイト先で知り合い8年後に再会して結婚。「『目が不自由になっても僕の気持ちは変わらない』と言ってくれた主人は、仏のように心が広い人です」。

撮影/BOCO 取材/孫 理奈 ※情報は2021年8月号掲載時のものです。

STORY