小谷実可子さん「80代まで、現役でいたい!」【インタビュー後編】

シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)の第一人者で、STORY世代にはずっと憧れの存在である小谷実可子さん。変わらぬ素敵さはどこから来ているのでしょうか。40代の日々を振り返っていただき、また今をどのように充実させているか、さらにこれからの想いをお聞きしてきました。

インタビュー前編はこちら
インタビュー中編はこちら

小谷実可子さん ’66年生まれ。アーティスティックスイミング元日本代表。ソウルオリンピックでは夏季五輪で初の女性旗手を務め、ソロ・デュエットで銅メダルを獲得。引退後は五輪・教育関係の要職に抜擢されたり、世界大会のレポーター・東京2020オリパラ大会の招致アンバサダー、期間中はスポーツディレクターとして活躍する。

”東京オリンピック・パラリンピック”に奔走した日々。そしてこれから

東京オリンピック・パラリンピック2020ではスポーツディレクターとして関わらせていただきました。残念なことにコロナウィルスの流行で延期となりましたが、真っ暗闇の何も見えない中で「オリパラを開催させる」という強い意志を持ったみんなの気持ちがひとつになれたからこそ、この苦しい中でも一年後にきちんと開催できました。競技場など施設が全て完成していことも乗り切れた要因のひとつだったと思います。オリンピックは33パラリンピックは22の競技がありました。スポーツディレクターとしてそれぞれの競技の国際連盟の役員の方たちと良い環境で練習や競技ができるように話し合いを重ねてコミュニケーションを取ってきました。やはりコロナ禍という状況もあって、次から次へといろんな問題が発生。練習場と宿舎が遠い、ここの動線を変えて欲しいなどといった細かいことから大きなことまで想像以上に大変で、私の人生の目標であり、人生を豊かに素敵なものにしてくれていた「オリンピック」が嫌いになりそうな時もありました。開催中は一度も競技を観ることができず、ニュースなどで日本人選手たちの活躍や結果を知るだけ。会議や個々の競技関係者との打合せに奔走せする毎日でした。
でも、大会が終わってみたら各競技の国際連盟のスタッフ、選手、ボランティアから「日本だからこそ、この状況でも開催できた」「大変な中、最高の舞台を作ってくれてありがとう「思い出に残るオリンピックだった」「何ひとつマイナスに感じなかった」「ボランティアの方々の動きが素晴らしかった」などの「感謝」と「賞賛」の言葉がたくさん届いたんです。本当に嬉しかった! 選手やスタッフたちは毎日PCR検査を受けたり、行動制限があったり、今までとは異なる大会でマイナスな要素しかなかったのに。これらの言葉を聞いとき、胸がいっぱいになりました。オリパラを嫌いにならなくて良かった。また、サスティナブル、ジェンダーレスなど「今、意識しなければならないこと」を認識できた大会になったと思います。関われて本当に幸せでした。これからはこの経験をちゃんと伝えていきたいです。
夏にオリパラが終わったばかりですが実はもう次に向かって動き始めています。競技に復帰します!東京で開催されるアーティスティックスイミングマスターズ大会に出場するんです。チームとソロ両方にエントリー予定。しばらく体を動かせていなかったので遅れを取り戻そうと今また必死にトレーニングして泳ぐ日々。私を待っていてくれた仲間のためにも妥協せず目標に向かって進んでいきます。80代でアコーティスティックスイミングの現役の方がいらっしゃるんです。私も80代までパフォーマンスしていきたい、生涯現役でいたい! そして次の目標はゴルフを始めることです!

撮影/杉本大希 ヘアメイク/天野郷子 取材/見学裕己子 スタイリング協力/株式会社ジャポニカ

STORY