【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(60)朝霧

ぽとん。

頭の上の一点に冷たい何かを感じる。

 

空を見上げると梨の大木の枝に、無数の水滴がついている。少し体を動かしてみると雫が陽のひかりが反射して、ガーランドライトの小さな灯のように見えた。その一瞬、水滴がいっせいに落ちて来くるような感じがして思わず眼を閉じる。

 

深い霧で始まった朝。

綿菓子のような白い水滴のかたまりのような、かたまりでないような、つかみようのないものが一面を覆い尽くし、いつもの麦畑が消えてしまった。一緒に散歩に出た犬も、今日はのろのろとどこを見るともなく神妙に歩いている。すっぽりと雲に包み込まれたような感覚。母の胎内で見ていた世界はこんな感じだったのだろうか。

木々や建物、池の水までが、まるで絵に描かれたように白く漂っている。それぞれの名前や時間も水滴と一緒にふわふわと空中に浮かんでいるような感じがした。

池の水面に映る絵は、どちらが現実なのか分からなくなるくらいの逆さまの世界。子供の時に虜になった安野光雅の絵本の中のように、今日の朝は見るもの全てが不思議な時間を持っていた。

 

周りが見えないのは不安である。けれどもその中で足を運ぶのも、ちょっとわくわくする。森の中にテントをはり、寝袋に頭までもぐりこみ真っ暗な夜を過ごす時。フクロウの声が聞こえるかもしれない、何か怖そうな動物の気配がするかもしれない。全身の感覚を頼りに自然を聴いてみるには、目をつぶった方がいいこともきっとあるに違いない。

 

 

 

庭の植物たちは水滴の中で凍り付いていた。今朝はクモの巣さえ凍っている。突然どこかでキジの甲高い鳴き声が聞こえた。犬も植物の間をかさかさと音を立てながら庭を進んでいく。動物が、止まってしまった時計のねじを巻いているような気がした。凍てついた白とモスグレ-の庭。見慣れた風景が想像の中でフランドルの冬の土地へ続いていく。

 

 

午後。

くっきりと見える若葉色の麦畑。太陽が空に明るく光りだした。

水滴が又、一粒頭の上に落ちた。雫のシャワ-を避ける為に背中を丸めながら下を向き歩き出すと地面に灰色の海藻のようなものが目に入った。樹木に付くLichen(ライケン)。もっこりした形とその色。朝の霧がぼんやり目の前に甦った。

 

まゆの中に入ったような朝の風景。

確かにそこにあったもうひとつの時間。

植物は目覚め、木の上からその止まっていた時間が融け始めた。

 

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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