「お母さん漫画家」になる方法!編集者が教えるヒット作の視点と描き方

日々の記録的にSNSへ投稿していた子育て漫画やイラストが人気となり、プロデビューした〝お母さん漫画家〟。彼女たちが今大活躍しているのが、「コミックエッセイ」というジャンルです。そこで今回、数多くの名作子育て漫画を世に送り出してきたKADOKAWAコミックエッセイ編集部に、「お母さん漫画家」の舞台裏を直撃しました。

*掲載中の情報は、VERY2022年1月号掲載時のものです。

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編集者に聞く!
子育てコミックエッセイの世界

──日々SNSにアップされる、お母さんたちが描く子育て漫画に笑いと癒し、そして知識をもらっています。現在、プロ·アマ問わずいろんな方が育児漫画やイラストを描いていますよね。

因田亜希子さん(以降、因田) 我々の間では、実話を元にした実録漫画のことを「コミックエッセイ」と呼んでいます。コミックエッセイはフィクションの漫画と違って実話をベースに描いているためか、ファンの方の中には普段漫画を読まないという方も、「エッセイ」の一貫として楽しんでくれています。

中でも育児コミックエッセイは人気の高いジャンルで、その歴史を紐解くと、1993年に連載された『ママはぽよぽよザウルスがお好き』※1が、その後の実録育児漫画に影響を与えた初期作品のひとつかなと思います。作者の青沼貴子さんによるあたたかな〝青沼家の日常〟が人気となり、アニメにもなりました。

子育てコミックエッセイの大きな転機となったのは、松本ぷりっつさんの『うちの3姉妹』※2でしょう。2000年代に入ってブログが流行り、もともとプロの漫画家だったぷりっつさんが2005年からアメブロで子育てエッセイ漫画『うちの3姉妹』を発表。単行本化され、シリーズ累計発行部数480万部超の大人気作となりました。この時ぷりっつさんが子育て漫画を〝ブログ〟で発表したことに、今のTwitterやInstagram漫画の源流があると思います。

ちなみに同じ頃、コミックエッセイとはジャンルが異なりますが、東村アキコさんによる育児漫画『ママはテンパリスト』も大ヒットしましたね。

そしてSNSの台頭により、2015年頃から一般のお母さんたちが子育ての記録を漫画やイラストに描き、TwitterやInstagramへ投稿する動きが一気に加速。今ではSNS発の作家が数多く誕生し、本業が漫画家やイラストレーターではない方もたくさんデビューしているんです。

※1
『ママはぽよぽよザウルスがお好き』
(青沼貴子)

1993年、育児雑誌『プチ·タンファン』で連載開始。『ママぽよ』の愛称で親しまれ、アニメ化·ドラマ化もされた。
『ママはぽよぽよザウルスがお好き 1』(税込1,045円)

※2
『うちの3姉妹』
(松本ぷりっつ)

ブログ発、シリーズ累計発行部数480万部超の大ヒット作。長女が成人式を迎えるとそれがTwitterのトレンドにもなるほどの国民的作品。
『うちの3姉妹 1』(主婦の友社※電子書籍版)

子どもの「かわいい!」
「面白い!」が
漫画執筆のきっかけに

──プロの漫画家ではない、これまで素人だったお母さんたちが漫画の連載を持つようになったり、作品が単行本化されたりするって、すごいことですよね。

因田 デジタル化によって、漫画を描くことも、描いた作品を発表することも、非常にハードルが低くなりました。今はパソコンがなくてもタブレット端末一台あれば単行本の作品まで仕上げることができます。

私がよく見かけるのは、iPadに「クリップスタジオ」という作画ソフトを入れているパターン。これまで漫画家になるために必要とされてきたGペンのような手に入りにくい画材は必要ないですし、家の中の環境を整えるのが難しい人でも描きやすくなっていて、今すぐはじめられる手軽さがあります。

それこそ、『家族ほど笑えるものはない』※3のカフカヤマモトさんは、「ほぼ日手帳」に手書きした漫画やイラストをスマホで撮ってInstagramにアップしたら人気が出て漫画家デビューしました。タブレットに限らず、今の時代は自分が描きやすいツールだったら何でもアリなんです。

特に「絵(画)」がメインのInstagramは、ある程度文章が必要なブログやTwitterに比べてより手軽に漫画をアップできるので、忙しいお母さんが育児の合間に投稿しやすいのだと思います。見る側だって、育児中は時間がない!ですよね。私自身、子どもが小さい時は授乳してそのまま腕枕で寝かしつけていたのですが、子どもが寝つくまでのすきま時間に、空いているもう片方の手でスマホをいじっていましたので、Instagramの使い勝手の良さがよくわかるんです(笑)。

お母さんたちが育児コミックエッセイを書き出すタイミングって、「漫画家デビューするぞ!」とか「絵でお金を稼ぎたい」というより、あくまで「子育ての記録」としてゆるりと、「自分のためにはじめました」という方が多い気がします。子育ては「かわいい!」「面白い!」みたいな瞬間瞬間の積み重ねで、しかも日に何度も感動が巻き起こる。けど、一瞬すぎて写真にも収められないし、言葉で伝えきれない。だからこそお子さんの成長を絵で描きとめておきたい、と思われるのかもしれません。

※3
『家族ほど笑えるものはない』
(カフカヤマモト)

Instagramフォロワー約14万の、SNS発育児コミックエッセイ。メモ書きも余すことなく収録しているので、筆致の移り変わりにも注目を。
『家族ほど笑えるものはない』(税込1,210円)

 

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子育てコミックエッセイの
キモは「共感力」です

育児の「ルーティン」を
いかに独自の目線で描けるか

そうしてフォロワーさんが増えてくると、皆さん自然と「もっと上手くなりたい」と思われるようで、絵のスキルに磨きがかかっていくんですね。育児コミックエッセイのフォロワーさんは温かい方が多いので、そういった方たちとの交流も励みになるようです。

記録として自分のためにやっていた投稿が、フォロワーさんとのコミュニケーションが盛んになるうちに、「うちの子全然離乳食が進まなくて……」といった悩み相談の場になることも。フォロワーの方も「漫画家」というより、「自分と同じ子育てを頑張っているお母さん」という感じで見てくださっているのではないでしょうか。

私はコミックエッセイで一番大切なことは「共感力」だと思っています。特に育児というジャンルの場合、生活者としての目線がとても重要です。たとえば「おむつ替え」や「哺乳瓶の洗浄」といった、子育ての中で日々行われる「当たり前のルーティン」を、いかにその人独自の目線や絵柄で伝えるか、ということが面白さにつながっていきます。

描く·発表する敷居が低くなったことで子育てコミックエッセイが活況を呈している今、「育児あるある」だけではヒットが難しくなってきているとも言えます。差別化という意味でも、出来事を一般化(育児あるある化)してならしてしまうのではなく、ご自身の思いを大事にしながら表現していただくことが、フォロワーの獲得や商業デビューといった道にも通ずるのかなと思います。

──ではコミックエッセイ編集者の皆さんは次のヒット作を生み出すべく、TwitterやInstagramを日々〝パトロール〟している?

因田 毎日SNSをチェックして、編集部内で面白い方の情報は逐一、共有していますね(笑)。先ほど申し上げた通り、かなり作品が多くなってきている今、共感性だけでなく、その人独自のものが求められています。

そんな中で私がピンとくるのは、「時代性」を感じる人でしょうか。ツルリンゴスターさん※4を見かけた時はまさに「今だ!」と思い、お声がけさせてもらいました。子育ての様子を描いているんですが、ツルリンゴスターさんの作品は育児コミックエッセイとは言いづらいほど大人っぽい。「お母さんの前に〝自分〟だよね」と言われているような気がするというか、お子さんが主役であっても、「私は私のエッセイを描いているんだ」というスタイルに「今」を感じています。

ツルリンゴスター『いってらっしゃいのその後で』より

※4
ツルリンゴスター

『いってらっしゃいのその後で』で単行本デビュー。3児の母でありながらスタイリッシュな作風は、「育児」ジャンルを超える魅力が。
『いってらっしゃいのその後で』(税込1,210円)

 

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単行本デビューだけでなく
企業PRや自治体からの発注も!

野原広子さん※5はコミックエッセイ編集部が主催する「コミックエッセイプチ大賞」に応募してくださったのがご縁になり、『娘が学校に行きません 親子で迷った198日間』でデビュー。その後、『離婚してもいいですか? 翔子の場合』や『消えたママ友』といった話題作を次々と発表されています。野原さんの作品は「セミフィクション」というジャンルで、日常をベースにしながら、ご自身で取材やヒアリングをし、さらに肉付けしていく独自のスタイル。「これって実話?」と思わせるストーリーは、やはりご自身の身近にある題材を描いているからだと思います。

発達障害に関する対応や回答が自治体によって異なることで、親が混乱したり孤立しやすい状況を当事者目線で描いたのが、モンズースーさん※6。個人的な体験を漫画としてまとめることで、発達障害に悩む方々の指標のひとつになったように思います。

あとは我々のような出版社が単行本を出版するだけでなく、企業からの依頼でPR漫画を描いている方や、自治体から仕事がくる方もいますので、今は漫画だけに限らない、幅広い活躍も期待できます。ツルリンゴスターさんや野原さんのように独自の世界観を持つことや、コミックエッセイ以外でも活躍の場を広げていくことは、将来的にもとてもいいことだと思いますね。

──「将来的に」というのは、お母さん漫画家としてどうやってキャリアを積んでいくか、ということでしょうか?

因田 ご自身の子育てを漫画にして発表するということは、自分の私生活を公開し続けることでもあります。赤ちゃんのうちはまだいいかもしれませんが、お子さんが成長するにつれて、プライバシーの部分で悩むことが増えるようです。そういったこともあり、お子さんの小学校入学を節目に、次の目標を見つけているお母さんが多いですね。今までは自分や子どもの人生を描いてきたけど、今度は誰かの人生を描けるようになりたいとか、創作漫画に挑戦したり、企業のPR専門でいくとか、皆さんそれぞれです。

※5
野原広子

2011年にコミックエッセイプチ大賞に入賞。仲良しグループのママ友がある日忽然と姿を消す『消えたママ友』で第25回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。
『消えたママ友』(税込1,210円)

※6
モンズースー

ご本人もADHD当事者で、2人の子どもは発達障害グレーゾーン。そんなモンズースーさんが入園や小学校入学といった「壁」に向き合っていく様が詳細に綴られる『生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした』シリーズが代表作。
『生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした』(税込1,100円)

SNSへの投稿が
自分が変わるきっかけに

子育ての時代は本当に一瞬で、刻一刻と状況が変わっていきます。その息抜きだったり、どこにもぶつけられない不安だったり、ひとまず何でも描いてみて、アップしてみてほしいなと思います。投稿したイラストがきっかけで仲間ができて、それが仕事につながったりして、自分が変わるきっかけになるのではないでしょうか。

それにオンラインが主流の今は、住んでいる場所も国内外、まったく問いません。実際我々も、お母さん漫画家の方との打ち合わせはオンラインが主流。育児の合間の30分ほどでさっと打ち合わせをさせてもらったり、となりで乳幼児が寝ているすきに……なんてことも(笑)。手書きのメモ書きからはじめて単行本デビューできる時代なので、「私なんて……」と思うことなく、ぜひ気軽に投稿からはじめてみてください。我々も日々チェックしておりますので!(笑)

KADOKAWA 文芸・映像事業局
コミックエッセイ編集部 コミックエッセイ編集者

因田亜希子(いんでん·あきこ)

編集プロダクションを経て2000年、KADOKAWAに入社。ʼ18年からコミックエッセイに携わる。これまでに『松本ぷりっつの夫婦漫才旅 ときどき3姉妹』(松本ぷりっつ)、『おかあさんライフ。』(たかぎなおこ)などを手掛け、ʼ19年に担当した実用コミックエッセイ『おうち性教育はじめます』(フクチマミ、村瀬幸浩)は20万部超の大ヒットを記録した。プライベートでは7歳児の母。

Recommended comics 一覧

*版元表記のないコミックはすべてKADOKAWAから発売

※1
『ママはぽよぽよザウルスがお好き』
(青沼貴子)

1993年、育児雑誌『プチ·タンファン』で連載開始。『ママぽよ』の愛称で親しまれ、アニメ化·ドラマ化もされた。
『ママはぽよぽよザウルスがお好き 1』(税込1,045円)

※2
『うちの3姉妹』
(松本ぷりっつ)

ブログ発、シリーズ累計発行部数480万部超の大ヒット作。長女が成人式を迎えるとそれがTwitterのトレンドにもなるほどの国民的作品。
『うちの3姉妹 1』(主婦の友社※電子書籍版)

※3
『家族ほど笑えるものはない』
(カフカヤマモト)

Instagramフォロワー約14万の、SNS発育児コミックエッセイ。メモ書きも余すことなく収録しているので、筆致の移り変わりにも注目を。
『家族ほど笑えるものはない』(税込1,210円)

※4
ツルリンゴスター

『いってらっしゃいのその後で』で単行本デビュー。3児の母でありながらスタイリッシュな作風は、「育児」ジャンルを超える魅力が。
『いってらっしゃいのその後で』(税込1,210円)

※5
野原広子

2011年にコミックエッセイプチ大賞に入賞。仲良しグループのママ友がある日忽然と姿を消す『消えたママ友』で第25回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。
『消えたママ友』(税込1,210円)

※6
モンズースー

ご本人もADHD当事者で、2人の子どもは発達障害グレーゾーン。そんなモンズースーさんが入園や小学校入学といった「壁」に向き合っていく様が詳細に綴られる『生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした』シリーズが代表作。
『生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした』(税込1,100円)

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取材・文/小泉なつみ 編集/フォレスト・ガンプJr. 題字・イラスト/こしいみほ、まる
*VERY2022年1月号「「お母さん」は漫画家への近道!?」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。