独特の重く揺るぎない言葉の”それな! 感”と得体の知れないエグみにしびれます|大久保佳代子のあけすけ書評

コロナ禍前夜の不安感と高揚感が 6編の短編と共鳴

今回は2008年に『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞された川上未映子さんの2年半ぶりの最新作。今、海外でも注目されている作家さんの1人。私はこれまできちんと読んだことがなく、今回が初挑戦。この著書『春のこわいもの』は6編から構成された短編集。言葉選びが痛快で俗っぽい部分と純文学風味な部分が非常に好バランスで、エンタテインメントかつ心に染み入ってくる作品。

「あなたの鼻がもう少し高ければ」という話は、こわいけど面白い、一見共感できないと思いつつも、わからなくもないというストーリー。しいたけ農家で生まれ育ち、大学入学で上京した主人公トヨがSNSの美容&整形アカウント閲覧に夢中になり、いわゆるギャラ飲み界隈のキラキラ女子に憧れ、飲み要員の面接を受けに行く話。元締めの側近の美しすぎる女性が放つ言葉がそれはもう清々しいくらい辛辣で。

女がトヨを見るなり、「なんでブスのまま来てんの?」「ブスに人脈与えてうちらに何の得あると思ってるのかなあ?」「ブスはトラブルのもとなの」とすべて豪速球のストレート。この時代、ルッキズムや多様性について繊細な言動が求められているのに正に真逆。芸能界も容姿イジリはNGとなりつつあり仕事がしにくい状況になっているのに。

でも、女同士って表面的には「仲良しこよし」でも、多かれ少なかれお互いに「私はこの人より上」「彼女よりマシ」と潜在的にジャッジしているはず。生まれもっての絶対的な見た目の差違はなくならないし、それによって恩恵の差が出てくる世界は間違いなく実在するわけで。読んでいて「よくぞ言ってくれた」と喝采を送りたくなるほど

反面、トヨ自身にもそこはかとないこわさが終始漂っています。凡庸な顔で、横から見ると口元がもっさりの「口ゴボ」で、憧れのEラインとはほど遠いけれど、額や髪の美しさには自信があって「ふつふつとした野心さえ秘めて」「自分という存在が、何かをじっと待機している状態」だともどかしく感じていると。この不遜さはまさに私。私自身、20代の頃、口元コンプレックスはあるし何ならカバ子と言われていたのに、自分には素材としてキラッと輝くなにかがあるんじゃないかと根拠のない自信を持ちながら過ごしていましたから。

とはいえ、単に美醜による残酷な格差を言っているだけではなく、結局、人って自分のことしか考えていないし、さほど他人のことなんて見ていないのではと人間の普遍的な部分にも触れています。

この話以外にも、死が近づいている老女が生と性へ執着する姿が描かれている「花瓶」は、「死ぬ間際にそんなことを思い出すなんて」とやや不快に思いつつも生き物としての人間のあるべき姿なのかもと思ったりしました。

女同士の友情関係によくある嫉妬から起こる展開が不気味な「娘について」もこわさが面白いです。女友達って仲良くなればなるほど、ちょっとした抜け駆けが許せない。嫉妬からくる衝動に駆られ、そんなつもりはなくても親友を幸せから引きずり下ろそうとする姿は、これまた自分にもありうるのではと。女性特有の意地悪い視点からの心理描写と攻撃力抜群の言葉選びに高揚感さえ覚えます。

親友の母親から「ほんと『おしん』みたいよね。鼻もほっぺたも真っ黒にしてね、貧しさに耐えてね。高卒だってなんのその! 一旗揚げてやるぞ! っていう強さね」と無邪気に言われたらクソ腹立ちますから。でも酷すぎて笑っちゃいもしますけど。

刺激が少ない日常に、痺れる川上パンチを受けてみるのもアリです。

『春のこわいもの』 川上未映子 新潮社 ¥1,760

感染症が爆発的流行前夜の東京。6人の男女が体験する、なにがどうこわいとは言えないけれど確かになにかがこわい短編集。信じがたい事実と不安と6通りの〝リアルな現実〟。全部悪夢ならいいのに、と思いたくなる不思議な世界が繰り広げられる。詳細はこちら(amazon)


おおくぼかよこ/’71年、愛知県生まれ。千葉大学文学部文学科卒。’92年、幼なじみの光浦靖子と大学のお笑いサークルでコンビ「オアシズ」を結成。現在は「ゴゴスマ」(TBS系)をはじめ、数多くのバラエティ番組、情報番組などで活躍中。女性の本音や赤裸々トークで、女性たちから絶大な支持を得ている。

撮影/田頭拓人 取材/柏崎恵理 ※情報は2022年7月号掲載時のものです。

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