トリプルファイヤー吉田靖直コラム「歌舞伎町での、ある一夜の話」vol.8
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友人と歌舞伎町のバーへ行ったことがある。バーといっても、いいお酒を飲ませるしっとりとしたバーではない。アゲアゲのチャラい音楽がかかっており、男性の入場料金が女性よりもかなり高く設定されているような店で、立ち飲み用の小さな丸テーブルの間を、客は自由に移動できるシステム。つまり、出会いを目的とした男女が多く集まる、暗にナンパが推奨されているようなバーだった。もちろん私たちもうっかりそこへ入ったわけではない。店の趣旨を完全に理解した上で会話の流れをシミュレーションし、髪にワックスをつけるなどしてから入店したのだ。
店内のパリピ的な空気に吞まれないよう、酔いが回るまで飲み放題のプラカップを持って喫煙所でだべっているところに、「もう、こんなとこでモジモジしてちゃだめじゃない!」と声をかけられた。180cmを優に超え、筋肉の上に脂肪が乗った柔道部のような固太り体型で丸坊主のその人は、話し方からして新宿2丁目界隈の人だと推測された。歳は私たちと同じかちょっと下くらい。
「あんたたちどうせ話しかける勇気ないんでしょ。私が連れてきた女のコ紹介してあげるわよ」
俺たちだって酔えばそれなりに喋れる。そんな反発心を抱きながらも、場になじむための繋ぎとして誘いに乗っておくのも悪くないかと思った。「いいんですか!ありがとうございます!」必要以上に媚びを売って後をついて行くと、確かに彼の友人らしき3人の女性がテーブルを囲んでいる。
「このコたち、全然声かけられなくて可哀そうだから仲良くしてあげて!」
30歳前後の女性3人はとくに拒むでもなく、かといって喜んで迎え入れるという風でもなく、微笑していた。丸坊主の人はやはり2丁目のゲイバーの店員で、女性はそこの客だということだった。私たちもいつまでも受け身でいてはいけない。元気に自己紹介して小笑いを取ろうとしたところに、先ほどの丸坊主が「あんたたち、全然面白くないわね!」と水を差してきた。いや、これからもうちょっと面白くなる予定なんだけど。
「面白いこと言えないんならとりあえずクライナー人数分買ってきなさいよ!」
(※クライナー=チャラいクラブやバーによく置かれている、20ミリリットルの瓶に度数15~20パーセントの甘い酒が入ったもの)
なるほど、それが目的だったのか。
そこらへんで捕まえてきた気弱そうな男たちに酒を奢らせて上下関係をはっきりさせ、バー店員のプロとしてのプライドを満たし、同時に友人たちへその人間力を見せつけて尊敬を集めようとしているのだ。適当にいなそうとしても、「いいから早く買って来いよ!」と彼の定番のギャグなのだろうか、男モードの発声に切り替えて凄まれ、ムカつくと同時に若干の恐怖感を抱いた。
搾取されかけている気配を察した私たちはその場を離れ、別の女性ペアに話しかけにいった。中にはそれなりに会話がはずんだ人もいたのだが、それを目ざとく見つけた先ほどの丸坊主が「全然盛り上がってないじゃない!」と割り込んできて鬱陶しい。さっき従順にクライナーを奢らなかったことを根に持っているようだ。休憩がてら喫煙所で煙草を吸っている時にも入ってきて、近くにいた女性にいきなり「あんたブスねえ~!」と話しかけている。なんちゅうこと言うんだと見ていたところ、その女性は爆笑しながら「この人めっちゃ面白い~!」と予想外の好意的な反応を見せ、丸坊主は勝ち誇ったような顔でこちらをチラ見してきたのである。
腹立たしかった。
しかしそのように雑で面白くもないコミュニケーションだとしても、「ブス」と言われた女性が喜んでいるように見えたのは事実だ。また、前述するように店に入ってきた時点から丸坊主には3人の取り巻きの女性がいた。彼女たちはなんでこんなパワハラ野郎をありがたがっているのだろう。
いや、「なんでありがたがっているのだろう」というのは少しいやらしい言い方だった。というのも、彼女たちがその丸坊主をありがたがっている理由はこういうことだろう、という推論がすでに私の中にはあったからだ。
私ははっきり言って、ある種の女性、もしくはいくらかの男性もそうかもしれないが、要はゲイと親交があることを自らのステータスと認識するタイプの人間がこの世には存在すると思っている。新宿2丁目のバーに通い慣れていることを話す人は、どこか誇らしげにしているじゃないか。
ただ、それは私がこれまで人と出会って話した中での個人的な体感でしかなく、学術的な根拠などはない。そのバーにいた女性もLGBTQだの女だの男だの関係なく、その丸坊主に人として魅力を感じ仲良くなっていた可能性もある。それでも、彼女たちがどうかは一旦置いておいても、その人の人間的な内面や外見を見る前に、ゲイというセクシュアリティの区分によって付き合い方を決めている人がいるのは間違いない。
やっぱり、性的にストレートな男女が、喫煙所の女性に「あんたブスね」と言っていたら、反応は違ったと思うのだ。
ある種の人々が、ゲイに期待している役割はなんとなく想像がつく。センスがよくてオシャレ。女性の気持ちをよく理解して、相談相手になってくれる。話が上手。「セックス・アンド・ザ・シティ」など多くのドラマや映画では、ゲイの男性はそういう描かれ方をしていた。しかしもちろん、ゲイにもいろいろな人がいる。個としての人間を見られる前に、ステレオタイプなバイアスを通して人から見られるのはきっと不快なことだろう。「男らしさ」「女らしさ」なんてもので人を語るのは下品だと認知される世の中になってきているが、ゲイ全体にその役割を押し付ける人はそれを恥じるどころか、なぜか先進的な感性を持っている風に振舞っているように見えて気に食わない。
セクシュアリティに限らず、社会的ステータスがあるとされている人と付き合いがあることをまるで自分の手柄のように話す人はもっと下品だ。・・・と思いつつもどうだろう、自分が会ったことのある有名人が会話に出てくると、「ああ、あの人めちゃいい人だったよ」と聞かれてもいないのに語り始めてしまったことが多々ある。
要は「えー!知り合いなんだ!すごい」と私とその有名人の価値とを混同し、間違えて私をも好意的に見始める展開に期待しているのだが、魂胆が透けて見えているのか、大抵は「へー、そうなんだ」と流され自己嫌悪に陥る。私がこうして憤りを抱いてしまうのは、自分の中にもそういった下品な部分が存在すると気づいているからだろう。そんな私なので、ゲイの人々との付き合いをステータスと感じる価値基準が世の中に存在していることも、2丁目のゲイバーに通い慣れていることを誇らしそうに語る人たちの心根もある程度理解できてしまう。
それでもやっぱり、上記のようなタイプの人間と直で接すると「だからってお前が何者でもないことには変わりはないからな」と言いたくなる。他人を使って自分の価値を高く見せようとするのは、なんと浅ましい行為だろう。今後ジャニーズファンの女子と飲む機会があっても、過去にドラマでジャニーズのメンバーと共演したことをひけらかさないように気をつけていきたいと思う。
吉田靖直 よしだ やすなお
1987年4月9日生まれ。香川県出身。バンド「トリプルファイヤー」ボーカル。音楽活動の他、映画やドラマ、舞台、大喜利イベント等にも出演。コラム執筆も。