【LIFESTYLE】パリ近郊 花とともに暮らす (77) 9月の雫
バタバタと階段を駆け下りる音がする。
家族が起き出した朝。今日から新学期が始まると言うのに、まぶたも身体も重たくしばらく寝床でぐずぐずした。昨日の夜、窓から入る稲光で目が覚めたことを思い出した。音のないその光は、切れかけた電球のように消えては現れ、その度に自分の意識もスイッチが入れ替わった。そうこうしていると、頼りない雷鳴と微かに聞こえる雨音が加わったが、調子の合わない室内音楽を聴いているようで、いつの間にかまた眠り込んでしまった。
眠たさに喝を入れ、パンの焼ける匂いのする一階へ降りる。家族はもうそれぞれ朝ごはんを食べている。今日も私が一番最後。コ–ヒ–を淹れようと水道の蛇口を開くと、窓からねむの花が朝陽に照らされているのが見えた。朝寝坊はもう終わり。犬もベランダから怪訝にこちらを覗いている。何時もの朝がまた戻ってきた。
ミラベルを取りにいこう。もうそろそろ熟れているはずだ。そう思い立ち、かごを手に長靴をはく。戸を開け外に出るとひやっとした空気が待っていた。半袖のまま出たのだが少し肌寒い。木々からもれる太陽のひかりも夏の潔癖な日差しとは全く違うような気がした。じんわりと浸み込むような、どこか柔らかいひかりが庭を照らしている。昨日の夜の雨がどうやら9月の空気を連れ出したようだ。
フランスの秋は雨が多い。そして雨が降る度に気温が少しずつ下がり、それに合わせて、ゆっくりとそして確実に庭の色は移り変わっていく。かさかさと乾燥した夏がおわり、雨が大地と植物を潤し、落ち着いたしっとりとした色になっていくのだ。元気いっぱいだったあどけない少年少女が、夏を超えちょっと大人っぽい雰囲気になっている感じと似ているかもしれない。
ミラベルの木に辿り着く。早速犬は地面に落ちている黄色い実を食べだした。一つずつ手でもぎ取りだす。冷たい。実を取るごとに枝が揺れ、昨日の雨粒が頭の上や腕に降りかかった。
雨上がりの朝の庭は少し物悲しい。グラミネは地面に重たそうに穂を垂れ、草花たちも無数の雫をつけている。葉っぱの表面にできた水たまり。水滴で下を向く秋桜。なぎ倒されて折れてしまった白いダリア。けれども太陽が昇りきるころになれば、皆しゃきっと背筋を伸ばし、すっかり元気に立っているだろう。それでも今朝の草花たちは健気で美しく、その姿をじっと見続けたい感じがした。
裏庭に洋梨が落ちていることに気が付く。
夏の名残を探すのはもうおしまい。
やさしい秋がすぐ隣にいる。
【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/
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