【カサンドラ症候群って?】モラハラだけじゃない“辛い夫婦関係”の乗り越え方

傍目には「幸せそうな奥さん」に見える人から、こんな話を聞くことがあります。「些細なことで夫からけなされる」「また怒られるのではないかといつもビクビクしている」。……特性などが原因で気持ちが通い合わないパートナーと過ごすうち、心身の不調を抱える「カサンドラ症候群」。周囲からなかなか理解されない「カサンドラ」の悩み、苦しみを描いた小説家・櫻木みわさんにお話を聞きました。

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「これはモラハラ?」「でも、きっと大したことじゃない」
「みんな我慢している」「夫との関係がつらい」「一緒にいるととても苦しい」……

「カサンドラ症候群」を知っていますか?

※「障害」や「特性」により心の通じ合わないパートナーを持つ人にあらわれる心身の不調のこと

櫻木みわ(さくらき みわ)さん

1978年、福岡県生まれ。作家。タイ、東ティモール、フランス滞在などを経て、ゲンロン大森望SF創作講座を受講。2018年に作品集『うつくしい繭』でデビュー。他の著書に『コークスが燃えている』(集英社)がある。

苦しみを抱え、それでも前を向く人に
「あなたが決めたことならきっと大丈夫」
と伝えたくて小説を書きました

  作家・櫻木みわさん

──ちょっとしたことで嫉妬心をあらわにし、突然怒りだす。そんな夫の言動に悩み、苦しんでいたパート主婦の未知。彼女は職場の同僚から「カサンドラ症候群」という言葉をはじめて聞きます。

この物語はフィクションですが、私自身も過去に似たような経験をしたことがあります。「こちらにも落ち度がある」と自分を追い詰めてしまって自尊心が削られ、自分に対する信頼を失ってゆく。そのダメージは想像以上に大きく、回復するまで時間がかかりました。家族や仕事関係などの内輪でセクハラやモラハラが起きたとき、「身内のことなんだから、大ごとにしないで流してあげるべき」「外に向けて話すのは裏切りだ」というような感覚がどこかにあるのを感じます。周囲もそのように反応し、「それくらい大したことじゃない」「ふたりの問題だ」と軽んじたりします。私も、そのことで苦しみました。でも今思えば、「どうして言ってはいけなかったのか」とも思うのです。ハラスメントはけっして「それくらいのこと」ではない。人の心を殺してしまうようなこともあります。そのことを、当事者にも、当事者でない人にも、この小説を通じてすこしでも伝えられたらと思っています。

彼は変わらない」「別れた
ほうがいい」と言われたら……

──夫の心ない言葉や態度に傷つき、心身ともに疲弊していく未知は、ある決断をします。物語のラストは、読者の中にも色々な感情が湧き起こるかもしれないですね。

結末をはっきり決めないまま書き始めましたが、物語が進むにつれて「彼女はあきらめないのではないだろうか」と感じるようになりました。私自身も、未知のように悩んでいたとき周囲の人から多くの言葉をかけてもらいました。「相手は変わらないよ」「やめたほうがいい」。それはその通りだと思います。結局、私自身はモラハラをする相手から「離れる」という決断をしました。ただ、誰かを本当に愛するということは、相手の中の良きものを信じるということなのではないか、とも思うのです。100人中99人が「彼は変わらない」と言っても信じる。そんな選択をしたら、これからもっと傷つくことになるかもしれません。でも、私自身の実感として、相手を信じて精いっぱい行動した後なら悔いがない。そこまでしたら相手をきっぱり見切れることもあると感じています。可能性は低いけれど、相手が変わることがゼロではないと思いますし。

──現在は滋賀県にお住まいだという櫻木さん。小説家になるまではどんな人生を送ってきたのでしょうか?

大学卒業後、タイに移住し、現地に住む女性向けの日本語情報誌を作る仕事をしていました。単身でタイに来る人、タイ人と結婚した人、いわゆる駐妻など、タイで暮らす日本人女性といっても境遇はさまざまです。私自身も現地で、仏外務省で働くフランス人と出会って結婚し、各国に行く生活を送るようになりました。当時、タイで暮らす人の中には、ドライバーやメイドのいる裕福な暮らしをして、何の悩みもないようにみえる人も多かったけれど、親しくなって話を聞くうちに、恵まれた暮らしをしていても、人に言えない悩みや苦しみを抱えていることもあるのだと知りました。私自身も年上の夫に甘やかされ、不自由のない生活を送っていたけれど、だんだんと焦りを感じるようになりました。当時はまだ小説家としてデビューしていませんでしたが、このままでは、今の女性に読んでもらえるような作品はとても書けないのではないか。一人になって自活したいと考えるようになりました。

結婚、離婚、出会いと別れ
この選択で良かったと思えるように……

──非正規会社員として働いている時に妊娠し、未婚での出産を決意する前作『コークスが燃えている』も心に迫る作品でした。こちらも実体験がベースにあるそうですね。窮地に立たされた時周りの女性たちが声をかけてくれるようなシーンが多かったことも印象に残っています。

その後離婚し、日本で契約社員として働き始めました。今の日本の社会の中で女性が働くことは本当に大変です。当時の私の場合は結局、出産に至ることはありませんでしたが、非正規や未婚で妊娠・出産をしようとすると、経済的にも社会制度的にも困難が多かったです。そんな中で私自身、周りの女性の助けがあってここまでやってこられました。滋賀への移住をはじめ、人との出会いで次の人生が切り拓かれていくことがとても多かったのです。結婚も離婚もそのあとの出会いや別れも、ちがう選択もありえたのかもしれませんが、今の道を選んだからには、こちらを自分にとっての正解にできるようがんばっていこうと思っています。

──登場人物と同じような悩みを抱えている人もいるかもしれません。私もいくつかのシーンが自分と重なりました。

今悩んでいる方には、ご自身がもともと持っている力や輝きを思い出してほしいということをお伝えしたいと思います。小説を書くにあたって参考にした『モラル・ハラスメント』という本でも、加害者は、被害者の持っているものを羨望して、被害者に近づいて来るという説明がありました。しかし被害者は、モラハラを受け続けることで、自分はだめだという思いに捉えられてしまう、と。まずは、忘れかけていた自分の本来の魅力を思い出してほしいです。モラハラ加害者が自己愛の問題を抱えている可能性が高いことを知ったり、加害者から離れた場所で、心が通い合う新旧の友人と交流したりすることは、その一助となり得ると思います。登場人物と同じような状況にある人には、「あなたは素敵だし、そのあなたが考えて決めたことならきっと大丈夫」だと伝えたいです。

『カサンドラのティータイム』
(朝日新聞出版)

スタイリストとして働き始めた友梨奈。大好きな恋人と復縁、結婚し主婦になった未知。二人が直面するのは、この社会の理不尽さと周囲から気づかれにくい巧妙な支配構造。「暴力」にさらされ、周りに言葉が届かず、ままならない状況に追い込まれて、孤独に苛まれる……。現代女性が感じる息苦しさ、生きづらさを描きながらも、しなやかで力強い、希望を感じさせるラストシーンに、「こんな物語を必要としていた」「心底励まされた」という、確かな共感の声が集まる話題作。

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【COLUMN】

「夫婦関係がしんどくなってきたとき」
が自分の心の内を伝えるチャンスです

──「カサンドラ症候群」とはどんな状態を指すのでしょうか。悩みを抱えたときにできることは? 精神科医の岡田尊司先生に話を聞きました。

岡田 尊司さん

1960年、香川県生まれ。精神科医、作家。東京大学哲学科中退、京都大学医学部卒業。同大学院で研究に従事するとともに、京都医療少年院、京都府立洛南病院などで、困難な課題を抱えた若者に向かい合う。現在、岡田クリニック院長(枚方市)、日本心理教育センター顧問。著書に『愛着障害』『愛着障害の克服』(以上、光文社新書)『母という病』(ポプラ新書)など多数。

Q1

「カサンドラ症候群」とは?

「相手と気持ちを共有したり、共感したりすることが苦手」なパートナーと過ごす中で、心身を病んでしまう。精神疾患と診断されるほどでなくても、イライラして怒りっぽくなったり、仕事や家事が思うようにできなくなったり、好きだった趣味も楽しいと思えなくなる。症状には個人差がありますが、そのような状態を「カサンドラ症候群」と呼んでいます。つらい思いをしていても、「ちゃんとした仕事に就いている人なのに」「真面目で優しそうな旦那さんなのに」と周囲の人には悩みが理解されにくいケースも多いのです。結婚生活は長く続いていくものなので、そのような状況が続くのは当人にとって非常につらいものです。

Q2

「アスペルガー症候群のパートナーが
カサンドラ症候群になる」と解説が
されていることが多いようですが……

実際に医療機関に本人が行き、アスペルガーだと診断されるまでに至るケースは少数です。共感性に課題を持つ人はアスペルガーだけに限りません。アスペルガー以外にも、「自己愛性パーソナリティ障害」「回避型愛着障害」などと思われるケースも多くあります。日本の場合は男尊女卑の文化が今も根強く残っていることも原因の一つでしょう。共感するのがあまり得意でない人は「相手の話を聞く」ことに価値を置きません。結果としてパートナーの悩みに気づきづらいのです。妻としては「何のために結婚して一緒にいるのだ」という思いにとらわれるでしょう。当初は「いつか変わってくれる」と信じていても、なかなかそうはいきません。結婚生活の早い段階で問題を共有する意識を持つことが重要ですし、それができないとなると夫婦関係を続けていくこと自体が難しくなるかもしれません。

Q3

「夫婦関係がつらい」と感じたときに
何からはじめたらいいでしょうか?

「我慢をしすぎない」ことがとにかく大事です。「しんどくなってきたとき」は、限界だというサインです。話し合いが必要ですし、それが難しい場合は、ストライキや実家への避難といった実力行使も必要です。それを機に、相手が問題に向き合えば脈があります。ただ、「相手にだけ責任がある」と一方的に責めるのでは改善しません。夫婦で一緒に取り組んでいくという姿勢が必要です。傷つくことが蓄積しすぎると、関係を修復しようとしても気持ちが拒否してしまいます。また、「カサンドラ症候群」には育児の問題が絡むこともしばしばです。子どもがいないうちは妻も夫を構う余裕があり、問題が生じても軌道修正しやすいですが、お子さんの発達や不登校といった問題で協力がないと、カサンドラが表面化してしまいます。ご夫婦だけなのに気持ちがすれ違うとなると、問題はより深刻といえるかもしれません。自己愛性の強い夫の場合、妻から不満を言われると「じゃあ俺が悪いのか」と責められているように感じ、逆ギレしてしまうケースも見受けられます。こういった場合、カサンドラに詳しい医師やカウンセラーからのアドバイスのほうが受け入れられやすいでしょう。

Q4

結婚生活を続ける、離婚するなど
「夫婦のこれから」を
見極めるポイントはありますか?

「見極め」というのは最初からできるものではないですよね。「このご夫婦は関係を続けるのが難しいかな」と思っていたら案外踏ん張って、その後良い関係になる場合もありますから。ただ、つらい思いをしていることが一向に共有できない場合は、別れることも選択肢になります。経済的、社会的事情やお子さんへの影響で結婚生活を継続するしか選択肢がないという人もいるでしょう。その場合はできるだけパートナーとの関わりを減らして、必要以上の期待をせずに生活していくことも一つの方法です。アルコールやギャンブル依存症のように、夫婦で問題に向き合った結果、しばらくは関係が改善したけれどその後またうまくいかなくなる……。そういうケースもしばしば起こります。この小説の主人公が悩んだ末に例えば、結婚生活を続けていくほうを選んだとしても、これから先10年、20年経ってどうなるかは分かりません。あとは当人の心にどれだけ余裕があるか、相手に対して思いがあるかに尽きると思います。

『カサンドラ症候群~身近な人が
アスペルガーだったら』

(角川新書)

パートナーがアスペルガーだと気づいたとき……。その特性と対応の仕方を知っていればお互いラクになる。発達障害の急増とともに症状を訴える人が増えているという「カサンドラ症候群」。その対処法を紹介する。

『不安型愛着スタイル
~他人の顔色に支配される人々』

(光文社新書)

人の顔色や気持ちに敏感で共感性に優れている反面、気疲れや自己犠牲が限界を超えると、心身の不調を来し、ときに別人のように怒り狂う面も。不安型愛着スタイルを持つ人への対応の仕方や克服、治療法も詳述する本。

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取材・文/髙田翔子 撮影/田中 源(陶芸家) 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2023年1月号「「カサンドラ症候群」を知っていますか?」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。