前田有紀さんが、アナウンサーをやめてフラワーアーティストとなった理由とは

多くの人が憧れる花形の職業「女子アナウンサー」。数百倍、数千倍という狭き門を突破してアナウンサーになったにもかかわらず、どうして彼女たちはその職から離れたのでしょうか。当時から今に至るまでの思いを語っていただきました。

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元 テレビ朝日 アナウンサー 前田有紀さん
42歳・神奈川県在住 フラワーアーティスト、株式会社スードリー代表取締役

フラワーアーティスト、株式会社スードリー代表取締役。花の裾野を広げるフラワーカンパニーとして店舗運営やイベント装飾等行う。プライベートでは6歳と2歳の男の子ママ。

〝いま幸せと言える?〟自分への問いが
新たな生き方を探すきっかけでした

情報番組からバラエティー番組まで幅広く担当し、なかでも笑顔でサッカーの魅力を伝える姿が印象的だった、元テレビ朝日アナウンサーの前田有紀さん。テレビ局に勤めていたお姉さんの影響で、マスコミ業界に興味を持ち、アナウンサーになりました。「姉から『365日、1日だって同じ日はない。だから楽しい』と聞いていましたが、本当にその通り。いろんなことにチャレンジさせてもらいましたし、現場に行けばプロフェッショナルな方にも出会えて刺激的、すごく充実した日々だったなと思います」。

一方で、視聴率を上げるためにチームの一人として仕事ができる喜びはありましたが、目標を達成しても、自分自身、心の底から幸せかといえば、そうではないかもしれないという疑問、常に会社の名前に傷がつかないよう振る舞わなければならないという過度な緊張感が、前田さんの心を占めていきます。自分は何が好きで、どんなふうに生きていきたいのか……心の喜びを探すため、さまざまな習い事に挑戦。そのなかで花に出合い、花や自然に関わる仕事がしたいという気持ちが大きくなっていきました。

「街中で生まれ育ったせいか、自然への憧れはずっと強かったんです。高校時代は手つかずの自然が見たくて一人でモンゴルへ行ったり、大学時代は東南アジアへNGOの調査に行ったり。名が知られた企業で腕を試したいというモチベーションで、就職活動していたんですよね。自己分析をし直すなかで、新たな道を見つけることができました」。

その第一歩として目に留まったのが、イギリスでのガーデニングのインターン募集。もちろん迷いがなかったわけではありません。会社員から一人になることは、まるで人生のレールから外れてしまうような不安があったといいます。それでも「一度きりの人生だからチャレンジしてみたら」というお姉さんの言葉に背中を押され、10年間勤めたテレビ朝日を退社し、イギリスへの留学を決めました。

自分を知っている人なんて誰もいないイギリスの田舎町で、毎朝6時には起床し、森のような場所を通って仕事場へ向かう日々は、本当に楽しかったと話します。「少し前まで人の目を気にしながら地下鉄で通勤し、完璧な佇まいを目指してカメラの前に笑顔で立っていた自分が、ボサボサのすっぴんで、全身土まみれになって雑草を抜いたり水撒きしたりしている現実にびっくり(笑)。でも、どっちが自分らしいかといえば、今のほうが自分らしい。幸せって、大きな会社にいるからとか、他人から見たらこの方がいいとか、そうじゃないんですよね。自分自身の心が満たされることで、感じられるものなんだということに気付きました」。

帰国後は都内の生花店で約3年修業を積み、妊娠によって店頭での仕事が難しくなったのを機に、独立・起業。’18年に移動販売などを行うブランド「gui(グイ)」を立ち上げ、’21年には実店舗「NUR(ヌア)」を東京・神宮前にオープン。現在は「花の裾野を広げたい」という思いを胸に、子どもから大人まで花がもっと身近に感じられるよう、ワークショップ等に力を入れながら、従業員と一緒に店舗運営やイベント装飾を手掛け、花業界の未来にも目を向けています。

「気候変動の影響を日本でも感じるようになり、今のままの方法で花を生産し続けられるのかは気になる点です。ただ、すでに環境負荷の低い方法で生産しようとチャレンジする農家の方も増えてきています。私自身の学びも深め、サステナブルな生産方法を応援しつつ、何かできることがないか考えていきたいと思っています」。

前田さんは、農家の方に話を聞きたいと思ったらすぐに飛んでいく現場主義。しっかり現地で声を聞いて伝える大切さは、アナウンサー時代に学んだことでした。「ただニュースを読むだけではなく、いろいろな場所に取材に行き、いろんな人に会って、そこで聞いた空気感を持ってカメラの前に立つというのは、上司もチームの皆も大事にしていたことで、それが今でも染みついています。アナウンサーとして10年働いたからこそ、今こうして、花の世界で心豊かな日々が送れているのだと思うんです」。

<2003年>
<2013年>
<2015年>

<2003年>
アナウンサーとしてテレビ朝日に入社。すぐに人気サッカー番組のアシスタントに抜擢され、スポーツ番組を中心に多方面で活躍。

<2013年>
イギリスへ花留学。ホームステイしながら古城で見習いガーデナーとして修業。チームには男性しかいないほど、仕事は体力勝負。

<2015年>
都内の生花店に就職。レジ打ちや、請求書の書き方など知らないことが多いことに愕然とする。花以外のことについても学び直し。

<2018年>
フラワーアーティストとして独立。「人の暮らしの中で、花と緑をもっと身近にしたい」と考え、フラワーブランドguiを立ち上げる

<2021年>
〝いつかはお店を持ちたい〟という夢を叶え、東京・神宮前に花屋NUR(ヌア)をオープン。店名はドイツ語で、onlyを意味する。

子育てと仕事の両立について「頼れるところはたくさん頼らせてもらっています。病児保育の情報量は確実に増えました(笑)」と話す。
鎌倉のご自宅でも、自然を身近に感じながら暮らしている前田さん。庭にはコンポストを置き、生ゴミはこの場所で処理。土をかき混ぜるのは2歳の息子さんのルーティンだそう。
前田さんへ依頼があった花は、仕入れから納品まで自らが行う一方で、東京・神宮前「NUR」の運営は従業員に任せるなど、経営者としての顔も覗かせる。
「従業員がそれぞれ思い描くフローリストとしての在り方を知り、それに近づけるような環境を整えたい」。

撮影/山田英博 ヘア・メーク/KAUNALOA 取材/篠原亜由美 ※情報は2023年6月号掲載時のものです。

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