45歳で思いがけない妊娠、同時に見つかったがん。出産、子宮全摘を経て思うこと

起業し、仕事に夢中だった45歳のとき、思いがけない妊娠、同時に子宮がんの告知を受けた森田美佐子さん……。たった一度のチャンスかもしれない妊娠、ずっと大切にしてきた仕事……。選択のとき、森田さんの決断は?

 

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Profile

森田美佐子(もりた みさこ)さん
1972年、大阪府生まれ。高校生時代からイベントMCやナレーションなどを開始。のちに、司会者を紹介する会社「エムコネクト」を起業。45歳のときに、自然妊娠。同時に子宮頸がんを罹患するが産むことを決意する。2018年1月、無事男児出産。広汎子宮全摘出手術も成功。

出産までの体験をまとめた本『癌で妊婦で45歳です』(文芸社)を出版。

 

 

VERY2019年8月号に掲載された記事を再編集したものです。

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まさかの妊娠、同時に子宮がんの疑いがあると告げられ

45歳。不正出血を懸念して受けた検診で、妊娠を、そして子宮頸がんの疑いもあることを伝えられました。テレビドラマで観た『コウノドリ』そのものがまさか自分に起こるなんて! これが超ハイリスク妊婦生活の始まりでした。

 

仕事大好き人間だった私気が付けば40代半ばに

イベントの司会やローカルテレビ局のレポーターなどの学生アルバイトから「話す仕事」をスタートさせ、その後も一般企業に就職しながらも、司会業は続けていました。33歳のとき一念発起し、関西から上京。芸能プロダクションに所属し、本格的にナレーションの勉強もイチから始めて、オーディションにもたくさん挑戦しました。

 

そしてもうすぐ40歳というときに、全国放送のテレビ朝日『やじうまテレビ!』のレギュラーという念願の大きな仕事が決まりました。月曜から金曜まで夜中の25時に出社する生活。夢中で駆け抜け、充実した生活は4年間続き、契約が終了したとき44歳直前になっていました。

 

子どもは諦めたというより、気付いたらこの年齢だった、というのが実感。子どもは欲しかったけれど、相手もいないし、漠然と子どもがいない人生を考えるようになっていました。その頃、通っていた整体院で知り合ったのが、担当だった今の夫。彼は4歳年下で、全く結婚願望がない人でしたが、私としては、むしろそのくらいの人の方がパートナーとしてずっと上手くやっていけそうだなと思いました。ただ、今考えると、もしかしたら、心のどこかで、もし! もし! 奇跡的に妊娠したら、産みたいなと思っていたのかもしれません。

 

大学病院の検査で思いがけない知らせが……

 

彼に「万が一できたら勝手に産むからね、私」と冗談8割、本気2割で言ったことがありました。そして、件の話に。近所の病院で高度異形成クラスⅣの疑いがあるのでなるべく早く大きな病院に行くよう言われ、紹介状を用意してもらい、その足で大学病院に向かいました。高度異形成とは、がんの一歩手前の症状を言います。事前のリサーチで、最初にそう診断されると多くのケースで、精密検査の結果、がんを告知されることは知っていたので、覚悟はしていました。

 

≫≫医師からまさかのひとことが……

 

 

 

ラストチャンスかもしれない

しかし、病気のことよりもまず先に言われたのが、なんと妊娠の可能性。とにかく驚きましたが、一方で青天の霹靂で動揺したというより、「神様は、そう来たか……」と何だか予期していたかのようにストンと受け入れている自分がいて、気が付くと「妊娠継続します」「私、産みたいです」と先生に言っていました。45歳で自然妊娠する確率は1%。そして仮に着床しても、50%以上が初期で流産してしまう。それに加えて私は、子宮頸がんの疑いが濃厚で、治療が遅れれば、がんは進行してしまうかもしれない。でも、人生において「子どもを持つ」という選択はもう100%ないと思っていた私にもたらされたこのラストチャンスを、自分から手放すことは考えられませんでした。

 

45歳初妊娠+子宮頸がん。それでも産みたかった

結婚願望がないと言っていた彼ですが、私たちは結婚することに。子どもは二人で育てる。これは話し合って辿り着いた結論ではなく、二人の共通した価値観だったのだと思います。「この人は一度産むと決めたらほんとに産むよな」「もし経過が悪くなってきたら、赤ちゃんを諦めるブレーキをかけるのは俺の役目だな」と思っていたと、のちに聞きました。その後、進行具合等を調べる検査は、胎児がもう少し大きくならないと受けられなかったため、不安にならないよう既に入っていた仕事をバリバリこなして気を紛らわしていました。

 

≫≫赤ちゃんは大丈夫? と不安に……

 

 

赤ちゃんの心音が確認できず不安に……

あまりにも以前と何も変わらない私の元気な様子に、妊娠と病気を知っている友人や仕事仲間は驚いていましたが、ふとした瞬間によぎるのはお腹の赤ちゃんのこと。やっぱり、嬉しいより、果たして本当に出産まで無事辿り着けるのか? という不安が常に頭から離れませんでした。夫にはスマホで無茶苦茶なメッセージを送ったことも。最初の妊婦健診は6週6日で心音がまだ確認できず、発育が悪いのではと不安になったり、悪阻もほぼなく辛くないことが逆に「もう赤ちゃんはお腹にいないからだ!」「きっと稽留流産したんだ……」と大騒ぎしたり。

 

おそらく私を勇気づけるため、毎健診、主治医はたくさんのエコー写真を撮ってくださいました。

 

毎日毎日、私の不安に付き合ってくれ、そのたびに、夫は落ち着いた声で「大丈夫」「凛としなさい」となだめてくれました。常々私の仕事に一生懸命な姿を、カッコいい、尊敬していると言ってくれていたので、それは「私らしくいなさい」ということだと感じました。それからは、ママはすべてを受け止めて〝凛々しくいるよ〞という気持ちを込めて、お腹の赤ちゃんに、「りんりん」と呼びかけるようになりました。その後の検査で、やはりがんということが分かり、がん部分を切除する円錐切除手術を受けることになりました。

 

 義母のコトバ……
親子になったばかりだけど、甘えてね

 

今も、私が仕事で忙しいときなど、すぐに茨城から駆けつけてくれるお義母さん。

 

手術前日、夫とともに義母がわざわざ茨城からお見舞いに来てくれました。対面は2度目。しかも突然だったため、焦る私。でも義母が「親子になったばかりだけど、遠慮しないで甘えてね」と手渡してくれた大きな紙袋の中身を見て、私は嬉しくて泣きそうになりました。使い捨てショーツに拭くだけのシャンプー、わざわざくずしてくれた2万円分の千円札。無難なお見舞いの品ではなく、本当の娘を思うような必需品に、家族として受け入れてもらい応援してくれているんだと感じ、この人たちのためにも私は凛としていたいと思いました。

 

手術室へ向かい、下半身麻酔で2時間半。表面に見えているがんを切除し、2週間後に病理検査の結果が出ました。残念ながら、がんは思っていたより進行していて、上皮内ガンではなく、浸潤をしている腺がん。子宮頸がんのうち腺がんになるのは4人に1人くらいで、再手術で子宮だけでなく卵巣、卵管なども取る「広汎子宮全摘出手術」が必要とのことでした。主治医には「もしあなたが今、妊娠していない、もしくは妊娠していても既に上に子どもがいるなら、すぐにでも子宮摘出を勧めます。

 

≫≫出産直後に子宮摘出手術を受けて

 

何とかもってほしい……祈るような気持ちで

しかしあなたには最初で最後の機会。とにかく慎重に経過を見ながら妊娠を継続し、帝王切開出産と同時に子宮摘出手術を行う。ただし、それまでに進行が見られたり、異常があれば、子どもは諦めること」と言われました。妊娠判明当初は、母子ともに助からなきゃ意味がないから諦めることもあると思っていましたが、日ごとにお腹も大きくなり、エコーでは元気に動いているのが分かり、そのときには何が何でも産みたいと思うようになっていました。子どもの後遺症リスクを考え、先生から示された出産予定日は、28週。あと3カ月半、何とか、何とか……もってほしい、それだけでした。

 

30週で帝王切開出産。同時に、広汎子宮全摘出術

43 歳のときに司会者紹介などを行う現在の会社を起業していました。営業も事務もやるし、依頼が来れば私も現場に立つ小さな会社。それ
でも大手企業からお仕事をコンスタントにいただけるなど、私が20 〜30代、走り続けてきた結果がここにあるような大切な存在でした。

出産まで辿り着けて、術後の経過が良くて、赤ちゃんが五体満足で生まれてきてくれて、すべてが上手くいったとしても、2カ月は戦線離脱。考えたくもないけれど、最悪の場合、長期間仕事には戻れない。収入がなくなることもそうですが、一番感じたのは築き上げてきた自分の居場所がなくなってしまう怖さでした。そのくらい仕事人間だったんです。そんな私に、仲間たちがかけてくれたコトバが「待ってますから」。それは私の留守中、彼女たちがここを何が何でも守ってくれるのだという宣言に聞こえ、心強く、安心させてもらいました。

 

 仲間のコトバ……
私たち、待ってます!」

 

弊社登録の司会者(右)秋保由実さん、(左)吉乃 葵さんとは、長いお付き合い。

 

少しでも長くお腹で育てた方がいいと、先生たちが協議してくださり、30週まで引き延ばすことに。出産前に切迫早産の危機や妊娠糖尿病、インフルエンザなど問題も発生しましたが、どうにかその日を迎えられました。まず下半身麻酔で帝王切開手術。目標の1 500グラムにはあと少し届かなかったけど、自発的に出ないかもしれないと言われていた産声を聞けたときは、ただただ安堵しました。そして、対面も僅かにすぐに広汎子宮全摘出術のため、全身麻酔に切り替え、そのまま8時間の手術へ。NICUにいるりんりんに会えたのは2日後でした。術後、私自身も傷の痛み、腸閉塞、リンパ浮腫など後遺症、合併症に苦しむこともありましたが、おっぱいが張ってくると切なくなったりして、ママになったんだなと幸せを実感しました。順調に成長し、2カ月後、25 00グラムになって無事退院できました。

 

子宮頸がんの正しい知識を啓蒙する活動を開始

その後の検査で、抗がん剤や放射線などの追加治療も必要がないことが分かりました。起こったこともあり得ないようなことでしたが、その後、何もかも順調だったこともまた奇跡でした。そんな体験を、妊娠中からブログに綴っていたところ、思っていた以上の反響をいただきました。そのほとんどは、応援や、同じ境遇の方からの励まし、情報共有でしたが、なかには、高齢でガンで出産することに「無責任」という意見や、子宮頸ガンへの無知による「偏見」も。前者については人それぞれ意見があるのかもしれませんが、後者の偏見や誤解は、間違っているものは間違っていると言わなければいけないと思いました。

≫≫出産後の森田さんは……?

 

子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)への感染が原因でなることが知られていますが、一度でも性行為の経験があれば、誰でも罹患する可能性があります。ただ、ほとんどの場合はHPVに感染しても免疫力で知らない間に消えているのですが、本当にごくごく稀にがんへと進行してしまうことがあるのです。それなのに、「多くの人と奔放に性行為をしているからだ」などと、誤解をしている人が思ったより多く、これには驚きました。間違った偏見があるから経験者たちが体験談を語りづらく、結果として乳ガン検診よりも子宮頸がん検診の受診率が上がらない理由にもなっているようです。正しく発信していくことは私のやってきた仕事の延長線上にあるのではないかと思うようになり、今もブログを続け、本の出版、シンポジウムや講演会に手弁当で出席してお話をさせていただいています。

 

そして、子宮頸がんワクチンについても。父を若くしてがんで亡くしていて、私自身も20代のときに卵巣嚢腫を患い、人一倍気を付けていて、毎年子宮頸ガン検診を受けてきたからこそ、ステージ1で発見することができました。「早期発見」なのは間違いありませんが、しかし全摘でした。子宮頸がんとはそういう部位なのです。一方で、唯一ワクチンで防ぐことができるがんでもあります。子宮頸がんワクチンの接種は、副作用の心配も拭いきれず悩まれる方も多いと思います。どう判断されるにせよ、私の体験が一つの症例としてお役に立てればと思ったのも、積極的に発信している理由の一つです。

 

今1歳5カ月になるりんりんは元気いっぱい。我が子が笑ってくれるだけで嬉しいという愛しさ、そしてベビーカー移動の大変さという現実的なことまで、母になって知ることもたくさんありました。今も定期的なCT検査や細胞診は続けていますが、お蔭様で再発はありません。いつかりんりんが「うるせー、くそババア!」なんて言い出したら、「どの口が言うとんねん!」と大変だったこの話をしてあげられるまで、元気でいたいと思っています。

 

 夫のコトバ……
大丈夫、凛としていなさい」

 

夫のコトバは、息子の名前「凛(りん)」の由来に。息子は1歳5カ月に(取材当時)。

森田さんのHISTORY

 

1 大阪生まれで、神戸で育ちました。小さい頃からお遊戯会や演劇など表現することが好き。2 独身時代の趣味はクライミング。室内でやるオシャレなのではなくかなり本格的に。3 自他ともに認める仕事大好き人間。これは結婚式の司会。現在は起業し、司会者を契約会場に紹介しています。4 思いがけず45歳で自然妊娠し、パートナーと結婚。入籍は11月03日「いいお産」の日でした。5 安産祈願は戌の日に水天宮へ。すごく混むと聞いて朝一に行ったらまだ空いていて拍子抜け。友人や親戚もたくさんのお守りを贈ってくれました。6 昨年1月25日、長男誕生。誕生時は1492gでしたが、すくすく育ち、1歳5カ月の今、成長曲線内に。

 

撮影/吉澤健太
ヘア・メーク/サユリ〈nude.〉
取材・文/嶺村真由子
デザイン/大塚將生
編集/磯野文子

 

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