小島慶子さん×作家白岩玄さん対談・前編「男は女の体をモノ化してない?」

VERYの連載「もしかしてVERY失格⁉」をまとめた『曼荼羅家族』で、小島さんが「ずっとお話ししたかった」作家・白岩玄さんとの対談が実現。男は女の体をモノ化していないか? という厳しい質問攻めに、男の性の「本当のところ」を誠実に語り続ける白岩さんとの白熱トーク!

小島 小説の中で(妻が妊娠中で主夫業を選択しようか悩んでいる)直樹君は、出来心で風俗嬢とキスをして、セックスをしかけてしまったことを、妻に対する裏切りだと思ってるわけですよね。でも、思わない人もいるじゃない。むしろ誇らしげに「浮気したわけじゃなく、風俗で処理したんだから」って。
白岩 お金払ってるんだから、みたいなことですね。
小島 私の考えは逆で、浮気とはいえ一応恋愛。恋愛は人間のやることだけど、人をモノみたいにお金で買うのは人間がやることじゃない。白岩さんはどう思われます?
白岩 なかなか答えづらい質問ですね(笑)。
小島 ご無理のない範囲で、お考えをお聞かせいただければ。
白岩 結婚してからは、本当にうそ偽りなく、そういう場所に行ったことはないんです。ただ、若いときに男同士のノリで「風俗行こうぜ」みたいなのにノッてしまったことはありました。でも、なじめなかったんですよ。本当にしたいことだったのか、って問われたら、そうじゃなかった。
小島 付き合いで、っていう感じ?
白岩 ノリに水を差すのが怖かったんです。
小島 そのときに接客した女性にも、当然ながら名前があり、人生があり、触れば温かい肉体があるわけですけど、この人ってどんな人なんだろうとか、他者としてその人を意識したんですか?
白岩 恥ずかしながら、そこまでは考えなかったですね。ただ、実際にそれを経験してみた結果、自分はこれにハマれないということはわかりました。僕が重視するのは、もっと親しい間柄での精神的なつながりとか、安心感なんだということを知ったというか。
小島 ある泌尿器科の医師に日本人男性の風俗経験率ってどれくらいだと思うか聞いてみたら、その方の実感としては9割近くが風俗を1回は経験してるんじゃないかと。個人的に関心があって、聞ける間柄の知人には「風俗に行ったときどういうこと考えた?」って聞いてるんです。そうすると、「特に何も考えずにした」って人が多くて、「今日はかわいいコでラッキー」とか、「今日はちょっと残念、1万8000円損した」とか、そんなことしか考えてませんでした、っていう正直な人もいて。
白岩 そうだと思いますよ。それこそ中学生のときに教わった性の処理の仕方を、現実で復習するだけ、っていう感覚になってしまうんじゃないですかね。
小島 でもさ、目の前に生身の人間がいるのに? って私はそこに驚きを禁じ得ない。しかも触るんですからね、生きてるってわかるじゃないですか。生きてたら自分と同じ脳みそや心もありますからね。それを想像しないってことは相手をモノ扱いしているからですよね。あと、お金を払って消費するセックスと、好きな人とするセックスは別もの、っていう言い方をするけど、それはどういう感覚なんですか?
白岩 お金を払ったんだからその対価を得るのは当然。だから、そこではより自分の好みや欲望が優先される、という感覚、ですかね。
小島 妻という人間を大切に思うから、妻としかセックスはしたくない、というのと、妻という人間の全体を好きだから、セックスの部分は入れ替え可能だ、というのと。妻の価値はセックスなんかでは計れない、という理屈。
白岩 自分が責められないように、都合よく言い換えてる感じはしますけどね。

白岩 玄 しらいわ げん☆1983年京都市生まれ。最近再放送でも話題になった『野ブタ。をプロデュース』で2004年文藝賞受賞。芥川賞候補にもなり、70万部を超えるベストセラーに。対談冒頭の「小説」とは、『たてがみを捨てたライオンたち』(集英社・¥1,600+税)。「男性の生きづらさ」に悩む3人の男性の模索を描く。

 

自分の性欲と
和解できない

 

小島 男性器は他者の体に侵入しますよね。その、他者の体を侵襲することが性的な快楽と直結しているかんじが、体感的にわからない。
白岩 自分の感覚でいうと、性欲が湧くことは、女性をモノとして見る感覚と切り離せない感じがしていて。
小島 それに罪悪感を覚えるんですか?
白岩 うーん、僕は最近、それも含めて「自分の性欲と和解できてないな」と感じるんですけど。
小島 和解できない……。
白岩 性欲が湧くのと同時に、女性をモノとして見る回路が自動的に動いてしまう、それを切り分けられない。大事な人とするときも、その回路がどこかで動いちゃってる。回路がゆったり動いてるときは、目の前にいる人に意識を向けられるけど、回路が早く動いているときは、全くそれが考えられなくなるっていう。
小島 モノとして見るってことは、パーツに欲情するってこと?
白岩 パーツを含めた「視覚的なもの」ですね。まぁ、それぞれ性的な嗜好があるので、あくまでも僕の場合は、ですけど。
小島 視覚的に性的興奮を覚えること自体を、相手の肉体をモノ化しているとみなすなら、それは私にもあるなあ。
白岩 女性にもあるんですか。
小島 他の人は知らないけれど、少なくとも私の場合は、相手の勃起した男性器を見て興奮することはあります。でも、「その人が勃起している」ってことが大事で、つまり名前のある陰茎だから興奮するんです。誰の陰茎かわからないものを見ても気持ち悪いだけだし、ましてそれを自分の中に入れるのは嫌悪しかない。
白岩 前に小説で、交際している女性の胸が別の誰かの胸と入れ替わる、みたいな話を考えたことがあって。要は、モンタージュみたいに、パーツがパッと入れ替わっても、性的な興奮は成り立つというか。イメージとして見ているグラビアアイドルの胸も、生身の恋人の胸も、それらは脳みその中で少なからず重なっていて、完全には分離できない。だとしたら、「今もんでるこの胸は誰の胸なんだ?」って考えてしまう男の話なんですけど。
小島 おお、それは興味深い。私には、すでに自分の中にある男性器の視覚イメージと、目の前にある男性器を重ねるっていうのはないなあ。あくまでも誰のペニスかに反応する。そもそも男性器のイメージのストックがないしね。
白岩 それが、男性の場合はあるんでしょうね。
小島 なるほどー。そういう点で言えば、男性がこだわるほど、女性はペニスのサイズを気にしていないですよね。私も過去の彼氏の大きさなんていちいち覚えていないですよ。そこ問題じゃないから。なんでそんなに見た目にこだわるのかしらね。同じようなこだわりを女体に対しても持っているっていうことなの?
白岩 どんな体をしていても、好きだからその人の体を抱きたいっていう感性もあるんですけど、それとは別の回路もあって。一般的に男性の感覚は、そっち寄りなのかなっていう気はしますね。
小島 確かに、漫画やドラマや小説や、いろんなもので、男性の性的欲望が視覚的に語られることにはみんな慣れていますよね。女性の性的欲求や満足は感情で語らせる表現が多い気がするけど。幸せ……とか。だからか、男は女体を見ればみんな興奮するんだよねという思い込みがある。女性がそれやると淫乱呼ばわりされるけど。
白岩 視覚的なものに興奮することを良しとする土壌がありますからね。グラビアもAVもやっぱりイメージの世界だし。イメージが支配している世界の中で、性的なものを自分で開発していくと、どうしてもそういうふうにならざるを得なくなるのかも。

 

>>後半「若きセックスレスがあふれている」に続く

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撮影/吉澤健太 取材・文・編集/フォレスト・ガンプJr.
※VERY2020年8月号「風俗からセックスレスまで 男と女の性のすれ違い 作家・白岩 玄さん対談」より