性教育ノベル第13話「初めてのブラジャーと親友の初恋」Byキキ|Girl Talk with LiLy
●登場人物●
キキ:雨川キキ。早くオトナの女になりたいと一心に願う。親友はアミ。大人びたスズに密かに憧れを持ち、第7話でついに初潮が訪れた。同じオトナの女になった喜びから、スズにガーベラをプレゼントした。
スズ:キキのクラスメイト、鈴木さん。オトナになりたくない気持ちと、すでに他の子より早く初潮を迎えたことのジレンマに悩む。両親は離婚寸前。小学校受験に失敗したことで家では疎外感を感じている。
アミ:竹永アミ。キキの親友で、キキと同じく早くオトナになりたいと願っている。大好きなキキと一緒にオトナになりたい気持ちから、キキが憧れるスズについ嫉妬。初潮はまだ訪れず。同じクラスの安達春人が妙に気になる存在に。
リンゴ:保健室の先生。椎名林檎と同じ場所にホクロがあることからキキが命名。3人の少女のよき相談相手。
マミさん:キキの母。ミュージシャン。
Talk 13.
「初めてのブラジャーと親友の初恋」
Byキキ
アミが恋をした。突然の急展開!
目をキラキラさせて、時には赤らめた頬を恥ずかしそうに両手でおおって、放課後の保健室で私とスズに安達のことを話しているアミは、今まで見たことがないほど乙女になっていた。ううん、少し違うかも。たった1日で、オトナっぽく、女っぽく、別人みたいになっていた。
「そんなに突然、好きな人ってできるものなの?」
思わず聞いてしまった。安達とは私も去年から同じクラスで隣の席になったこともあったけれど、今日の今日まではアミの口から、安達の「あ」の字も出たことがなかったから。
「不思議だよ、自分でも。昨日、私のことを心配して追いかけてきてくれてドキッとしちゃったんだよね。そしたら、もう頭から離れなくなっちゃって。
今日もね、教室で安達のことをついつい目で追っちゃうんだけど、目は合わせられないの。見ていたことを気づかれたくなくて、安達もこっちを見るかもって瞬間に、知らんぷりしちゃう。本当は、もっと話したいのに!! あーもう、どうしよう!! 意識しちゃって、もう普通には話せない気がするよー。でもね、あのね――」
もう、アミは止まらない。一つ質問をすると、そこからはバグッたアプリみたいにずっとずっと安達のことだけを話し続けた。スズは、メガネの奥で大きな目をさらに見開いて、「わぁすごいねぇ」って心からの声をもらして聞いていたけれど、私は正直、ちょっと圧倒されちゃった。塾の時間があるからってスズが先に帰ったタイミングで、本当は私も帰っちゃいたかったくらい。
なんだろう、モヤモヤしちゃう。
私の方が先に生理がきたから、初恋は自分が先だよってアミがわざと大袈裟に話しているんじゃないかって疑ってしまう。そんな自分に、戸惑う……。
「安達の何がそんなに好きなの?」
意地悪で聞いたわけじゃないけれど、本当に好きなの?ってアミを疑う気持ちが私に質問させていた。
「何、とかじゃないんだよなぁ。うまく説明できないんだけど、頭から離れないの。一回ドキッとしちゃったら、妄想が膨らんじゃうっていうか。言葉で上手に説明できない感じだよ、これ。キキも経験したらわかるよ!!」
最後のセリフにイラッときた。「はあ?」ってなった。今また思い出してみても、やっぱり「はあ?」。鼻白んじゃう。
でも、そのあとでジワジワと自分に落ち込む。親友の恋バナを、そんなふうに思いながら聞くなんて、私はなんてイヤな性格をしているんだって……。
「キキ! キキ! 聞いてる? 行くならもう出なきゃお店閉まっちゃうよ!?」
マミさんの声がして、ソファの上で体育座りしていた私はハッと我に返る。
「あ、行く。行くよ……」
まさか、こんな気分で今日を迎えることになるとは思わなかった。先週から、ううん、もっと言えば何年も前から、ずっとずっとこの瞬間がくるのを楽しみにしていたのに……!
マミさんとの特別な約束。
初潮がきて少しした頃に、
マミさんから質問された。
「そろそろ、必要?」ってマミさんは優しい声で聞いてきた。主語が何かは、すぐにわかった。
お風呂に入る前に、毎晩まだかまだかと見ていた鏡。
どの角度からどう見ても、子供にしか見えないハダカの自分。そこから少しずつ、とてつもないスローモーションのようなスピードでかたちを変えていって、遂に最近、ふくらんできた私のおっぱい。
だから、「うん」。待ちに待っていたイエスを、私はやっと言えたのだ。
――――生まれて初めて、ブラジャーを買いに行く。
まだ自分におっぱいなんかなかった頃、小学2年生のとある放課後、マミさんに付いて原宿のランジェリーショップに行ったことがある。「ガブリエルペコ」という赤くて小さなお洒落なショップで、扉を開けたらそこには別世界が広がっていた。
見るだけでビックリしちゃうような、スケスケのパンティやレースのブラジャー。肝心のおっぱいがパックリそのまま出てしまうようなデザインのものまであって、子供の私にはあまりにもエッチで、恥ずかしくって、ショップの中にいたトイプードルの可愛いワンチャンを撫でることでドキマギしている自分を落ち着かせた。
けど、耳は、ショップのオーナーのペコさんとマミさんの会話に釘付けだった。
「パッドの裏地までがシルクだなんて」とか「この繊細なレースは職人技だ」とか、「ウクライナのデザイナーが」とか、「ここがヨーロッパとハリウッドの美的センスの違いよね」「それぞれの文化の良さがバックスタイルに明確にでている」とか、あまりにもセクシーなランジェリーを壊れそうな宝物を扱うようにそっと指で触れながら、オトナたちは世界地図が頭に浮かぶような話を繰り広げていた。
「もしかして、あそこのお店?」って聞いた私に、マミさんはクスッと笑った。笑われた途端に恥ずかしくなったから、私を笑ったマミさんにちょっとムカついた。もちろん、わかっている。膨らみ始めたばかりの私のおっぱいには、全く似合わないオトナの女のレースにシルク。
「なら、どこに行くのよ?」不機嫌な声を出した私の手を、マミさんは「よっこいしょ!」って言いながら引っ張ってソファから立ち上がらせた。
「だからマミさん、よっこいしょっておばさん臭いってば」と笑う私に、「確かにそうね。でも、ついつい出ちゃうのよね」とマミさんも笑う。
「ペコさんのショップは、あと20年は先ね。楽しみが先にあるっていうのは、いいことなのよ。今日行くのはね、私の尊敬する先輩がつくったブランドがある109! 今のキキにぴったりのブラジャーがあるはずよ。ブランドのコンセプトがね、私大好きなの。最愛なる自分の娘に伝えたいキーワードそのまんまなんだもの」
マミさんが私のことを「最愛なる」なんて言うから、嬉しくなっちゃった。ブランドの名前はPeach John。創業者のミカジョンさんとマミさんは昔から仲良しで、赤ちゃんの頃から私も何度も会ったことがある。子供に対してもどこまでも対等な目線で接してくれる――――凄い人だということを人に忘れさせることまでできる、器の大きな愛の人だ。
「元気」「ハッピー」「セクシー」
創業者のミカジョンがつけた、
女の子たちへの三大スローガン。
すっかり夜が近い渋谷はネオンをキラめかせていて、そこには多くの人がいたけれど、少し前を歩くマミさんの背中だけが私には輝いて見えた。
真っ白なコート、これから娘にブラジャーを買いに行くお母さんの背中。私のお母さんの背中。私だけのママ、マミさんの背中。
109の前の信号が赤になり、マミさんが足を止める。
「セクシーはまだ早いから、元気でハッピーなブラがいいんじゃないかな? どう思う?」振り返って、マミさんが言う。
「それは私が決めること」って笑顔で答えて、私はマミさんの白いコートを着た腕に自分の腕を巻き付けた。
信号が青へと変わる。
ドキドキと、胸が高鳴っているのが自分でわかる。横断歩道に足を踏み出して前を向くと、可愛い制服を着た三人組の女子高生がこちらに向かって歩いてくる。通り過ぎざまに、フワッと甘い香水の匂いがした。思わず、振り返る。憧れる。
いつか私たちも、あんな三人になれるかな……。
でも、とすぐに思う。初めてのブラジャーを買ったことは、アミとスズにはとりあえず秘密にしておこう。アミが恋をした翌日にブラを買うなんて、張り合っていると思われたくないし。今日の約束は、先週からしていたことだし。そんなふうに誤解されたら悲しすぎる。
あまりにも特別なことだからこそ、しばらくは自分の胸の中だけに大切にしておきたい。でも、アミはもしかしたらそんなふうには捉えないかもしれない。アミの恋に対して自分が卑屈な考え方をしているから、相手もそう考えるって自動的に思ってしまうんだろうな。
さっきの女子高生たちの姿をまた見たくなって、後ろを振り返る。でも、もう人混みにまぎれた彼女たちの姿は消えていた。
――――子供でいることに飽きている私は、
いまだ幕開けぬ青春に恋い焦がれる。
そこまで考えてから、「あ」って思った。私、またひとつオトナになってきているって、ふと思った。私はやっぱり、アミのことが羨ましかったんだ。好きな男の子のことを考えて、キャッキャしているアミのこと。昨日までは私と同じ世界にいたのに、今日からはいきなり青春時代を生きているようなアミが、そんなアミの“ワープ”が信じられなかった。
でも、本当なのかも。そして、親友の恋に嫉妬する自分も、青春なのかも。
「キキ、なに一人でニヤニヤしてるの?」
「ううん、なんでもない」
「あ〜あんなに小さかった私の女の子がついにブラジャーかぁ」
「ちょっと! やめてよ大声で。ほんっとデリカシーがない!」
「ああ、ごめんごめん! って、大声じゃないし!」
「周りの人にも聞こえる声ってだけで、大声だし!」
まるで友達みたいにじゃれあいながら、マミさんが青春を過ごしたという109に私たちは入っていく。チキチキと、チャラく聴こえる速いテンポの洋楽が大きな音で鳴り響いていて、それが私のドキドキにも拍車をかける。
ここを出る頃には、私はブラジャーを手に入れている。小学6年、12歳。今日のこと、きっと私は一生忘れない。
<つづく>
◉LiLy
作家。1981年生まれ。ニューヨーク、フロリダでの海外生活を経て、上智大学卒。25歳でデビュー以降、赤裸々な本音が女性から圧倒的な支持を得て著作多数。作詞やドラマ脚本も手がける。最新刊は『別ればなし TOKYO2020』(幻冬舎)。11歳の男の子、9歳の女の子のママ。
Instagram: @lilylilylilycom
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