苦手だった男子の奥深さにハマっていくような味わいの小説|大久保佳代子のあけすけ書評
1回目は雰囲気読み、2回目以降は嚙みしめ読み。簡単に分かった気にさせてくれない手強さ
今回は、いつもとは違い一か八か思い切ってチョイスした一冊です。「分かる、そうそう!」と共感しながら読み進める安心感はなく、普段使っていないであろう脳をフルに働かせ、それでも理解が追いつかないもどかしさを抱えながら、なんとか読み切った手強い長編小説です。読了後の達成感はすごいです。甘やかしがちな頭に、たまには冷水をぶっかけてやるのも必要だと思い手に取りました。実はここ最近、夜な夜な動画配信サービスで今まで観なかったジャンルの名作映画をあえて観るようにしていて。『インデペンデンス·デイ』や『ゴッドファーザー』など。宇宙人やマフィア達が鬱々しがちなコロナ禍の日常から異世界へ連れて行ってくれ非常に助かります。この『カード師』も知的刺激を存分に受けつつ、日常と非日常の間の世界を覗き見しているような感覚に。
主人公は占いを信じていない占い師「僕」。その彼がある組織から依頼され、冷酷な資産家「佐藤」の顧問占い師になるところから物語は始まります。彼らが交わすアカデミックで裏の裏を読むような難解な会話、タロットなど占いのからくり、違法カジノや裏社会、ヨーロッパの錬金術師や魔女狩り、阪神大震災やオウム真理教、そしてこの小説が朝日新聞連載中に生じたコロナ禍の世の中など、様々な「非現実的な現実」が盛り込まれています。数々の理不尽な悲劇は、安易には読み進められない硬派な部分がありつつも、強力な負のパワーに惹かれ夢中に。違法カジノの場面は、ポーカーなんてしたことないのに、イカサマの手口や賭博で全財産を失い破滅していく人の心理描写など臨場感がありすぎてヒリヒリゾクゾクの連続でした。
正直、1回読んだだけでは半分くらいしか理解できなかったけど、なかなか先が見えない今だからこそ読むべき作品なのかなと思います。「まだこの世界が、どのようなものかわからないんだから。わからない場所にいるのに絶望なんてできないんだよ」。鬱々とした仄暗さの中にある世界から見える絶望と希望は、1枚のコインのように表裏一体なのかもしれません。この作品に描かれているような世界も実はすぐそこの見過ごしそうな平凡な扉の奥にあるのかもしれないし、小さな光を求めて扉を開けないことには何も始まらない。生きていくことのしんどさと、それでも生きていく逞しさと切なさと諸々の感情で最後には不思議と優しい気持ちにも。あとスマホを見すぎるといずれ「恍惚とした豚」になるとの警告があったり。兎にも角にも、盛りだくさんすぎて疲れるのでステイホームが多い今こそが読みどきです。
諸々説明するのは難しいのですが、この作品で「STORY」読者の方も、いつもとは違う世界への扉が開けばいいなと思います。この一冊、一か八か選んで良かったです。
おおくぼかよこ/’71年、愛知県生まれ。千葉大学文学部文学科卒。’92年、幼なじみの光浦靖子と大学のお笑いサークルでコンビ「オアシズ」を結成。現在は「ゴゴスマ」(TBS系)をはじめ、数多くのバラエティ番組、情報番組などで活躍中。女性の本音や赤裸々トークで、女性たちから絶大な支持を得ている。
撮影/田頭拓人 取材/柏崎恵理 ※情報は2021年8月号掲載時のものです。