「中学受験の狂気は母親だけのものではない」【朝比奈あすかさんインタビュー】
9月24日に新刊『翼の翼』が発売された、作家の朝比奈あすかさん。国語入試頻出作家としても注目される朝比奈さんの新刊テーマは、まさに中学受験。主人公の小学生・翼の中学受験に寄り添う親の揺れる思いや葛藤を圧倒的なリアリティで描いた作品は、朝比奈さん自身が2人の子どもの中学受験に伴走した経験から生まれたものです。
後編では、親として、作家として、今の中学受験に抱く複雑な思いや子育て世代に向けたメッセージについておうかがいしました。
▶︎前編はこちら
受験の形は多様化したけど
トップ層の競争は変わらず過熱ぎみ
――親として、また作家として、過熱状態とも言われる今の中学受験にどんな思いをお持ちですか?
朝比奈あすかさん(以下、敬称略):私自身、30数年前に中学受験をしていますが、当時の入試は暗記重視型で、塾も夜遅くまで開いているのが普通でした。でも今は思考力重視になったり、塾からは睡眠はちゃんととるようにとか運動もするようにと言われたりして、昔とは少し変化しているように思います。参入者が増えた分、いろんな受験の形があるのかなと。そうは言っても点数や順位で競うものなので、一部のトップ校を狙う親たちが過熱しているのは変わらなくて、インターネットなどを含めた情報戦もあってさらに激しくなっている気はしますね。その中に円佳や真治のようになる親がいるのかもしれません。
――作品の中の父親の存在が今っぽいなと感じました。昔は母親が熱中して、父親は少し離れたところで見ていたのが、円佳と真治のように両親が参入することで、余計に子どもを追い詰めてしまうケースも増えている気がします。
朝比奈:2016年に名古屋で起きた、中学受験生の息子を父親が殺めてしまった事件が私の中ですごく大きく響いています。あと、子どもの受験時に一般の方が書いたブログを読んでいたのですが、父親が書いたブログがたくさんあって。成績を分析したり次のテストを予想したり、塾の先生顔負けの分析力を見せていて。今は父親も興味を持って臨む人が多いんだなと思いましたね。
――エクセルパパなんて揶揄されることもありますよね。
朝比奈:エクセルパパ?あぁ、成績をエクセル表にまとめてデータ化することなんですね。まさにそんな人も増えているだろうなと思います。
夫婦は鏡のようなもの。
相手の狂気に触れて
自分の言動を思い直せることも
――父親の真治が翼の受験にのめり込んでいく姿が狂気帯びていて、この家族はどうなっちゃうのだろうとハラハラしました。
朝比奈:夫婦って鏡を見るようなもので、円佳は真治が受験に参入したことで自分の言動を客観視できた部分があると思います。真治のLINEは明らかにおかしくて幼稚だけど、夫の幼稚さを切り捨てなかったのは自分の中にもそういう部分があるとわかっていたから。夫婦で補い合う面がギリギリあったのかなって。本当にギリギリですが、夫婦の役割を果たせたのかなと思います。
――ラストに向けて「まさか?」「やっぱり?」とドキドキしながらページをめくりました。
朝比奈:結末に関しては書いているうちにこうなったとしか言いようがないのですが、実は最初は違う結末を書いていたんです。でも、ただのハッピーエンドにするにはあまりにも翼を傷つけてしまったと思って、今の形に直しました。あと、小説であってもリアルを重んじる面はあったので、ちゃんと準備をすれば偏差値通りの学校に入れるよという基本の形は取っておこうと。二人の子どもの経験からも、自分の周りを見ても、最後は実力通りの学校に入ることが多いように思うんです。大逆転やその逆の展開もドラマチックなのですが、この小説は物語であると同時に、私たちと地続きのところにいる誰かを描きたかったのです。
子どもを数字脳にしないために
結果より過程を見てあげてほしい
――温かいラストにホッとしたとともに、とても前向きな気持ちになれました。最後に、NAVY読者にメッセージをお願いします。
朝比奈:私の反省点としても思うのは、子育ての本来の目的は、子どもがこの社会で生きていいんだと思えて、親がいなくなった後も一人で自分や周りの人を幸せにできること。それなのに、受験に熱中していると目先の数字でその子の価値を決めつけちゃうところがあるんですよね。親がそうなると子どもも数字でマウントしたり、出身校で人を判断してしまって、それって一生不幸だと思うんです。受験自体は悪いことではないですし、いい青春を過ごすために準備するのは必要なことですが、「絶対に〇〇!」というように視野狭窄にはならないでほしいなと。その子が何を学んだか、結果だけじゃなくて努力の過程を見て、支えてあげてほしいですね。
それは今の小学生が世の中に出た時に、どんな日本を作っていくかにも関わってくると思うんです。他人にマウントをとって自己責任とみんなが言い出す世の中になってしまうのは怖いから、そうじゃない価値観を持つ人が増えるといいなって。子どもの頃に植え付けられた価値観は一生残ると思うので、そこを変えられるのは親だし、まさに子育て真っ最中のNAVY読者の皆さんだと思います。作品を通して、そういうことが伝わると嬉しいです。
Profile
朝比奈あすかさん
慶應義塾大学卒業後、会社員を経て、2006年に群像新人文学賞受賞作の『憂鬱なハスビーン』(講談社)で作家デビュー。以降、働く女性や子ども同士の関係を題材にした小説をはじめ、多数の作品を執筆。『君たちは今が世界』(KADOKAWA)と『人間タワー』(文藝春秋)は、2020年の中学受験において男子難関校を含む10校以上で出題されるなど、国語入試頻出作家としても注目されている。
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