【白金ナミが美魔コンを受けた理由〜前半】命の危機に直面した7年前
こんにちは。第12回国民的美魔女コンテストファイナリストで、「タオルストレッチ美魔女」の白金(しろかね)ナミです。年齢は41歳です。 私がこの美魔女コンテストを受けようと思ったのは、《起業家として今の自分のステージをあげて、健康美の大切さを広めたい》と思ったからです。 私は◯◯インストラクターとか◯◯協会の講師といった肩書きで働くのではなく、 独自の美姿勢メソッドを考案して起業家として活動しています。起業したのには訳があり、過去に人生がうまくいかなかった時代が続いたからです。 遡ること7年半前、私は27週で男児を早産しました。もともと妊娠中からお腹の張りが強かったのですが、主治医から入院のご指示がなかったので通常の生活を送っていたんです。そうしたら26週の時にのたうちまわるほどのひどい腰痛を起こし、3日後に破水しました。その後、都内でもっとも大きい総合病院のひとつに緊急搬送され、出産したのです。約1,000gの小さな小さな赤ちゃんでした。 出産後3日くらいは予断を許さない状況でしたが、無事に乗り越えることができて、今では元気いっぱいに成長しつづけております。息子の生命力にも、医療技術の高さにも、支えてくださったすべての方々に感謝しかありません。 私はどうやら肝が座っているようで、当時は現場の先生たちから、夫婦揃って 同業者(ドクター)だと思い込まれていました。笑 たしかに人は土壇場やピンチの時こそ本性が出ると言いますからね。決して強い人間ではありませんが、冷静ではあったのかもしれません。 落ち着いていられたのは、それまでボディワークや瞑想や音楽で心と体を整えてきた事が理由だと思います。生後息子は3カ月半という長い入院生活を送る事になるのですが、入院すると母子のスキンシップが圧倒的に減るので、マッサージや子守唄、いろんな方法で愛情を伝えました。 心を落ち着かせ、深呼吸し、笑顔で言葉がけをし続けたことも、息子に潜在的に伝わっていたかもしれないな、と思っています。
だいぶ安心できる状態になってからの写真です。通常の母子と違い、生後1カ月以内の写真はほぼありません。記念撮影をするようなマインドではありませんでした。
とはいえ、手足の震えが止まらないほど緊迫した状況もたくさん経験したので、ストレスは蓄積していたのでしょう。
少し年月が経ってから、私のカラダの節々が痛み、体調がどんどん悪くなっていったんです。カラダが思うように動かせない、背中が鉄板みたいに固くて重い、腰が痛すぎて歩けない、足の付け根がビリビリする、精神的に辛い、病んだ状態になりました。
産後からこの深く悩んだ時代が、私が今起業家としてやっている原点になるのです。
《後半へ続く》
最後までお読みいただきありがとうございました。