【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(52)
朝。
冷え切った車の中で鍵をゆっくり回す。
辺りはまだ暗く、遠くの空に赤紫の光りだけがうっすらと見えている。学校へ行く子供を少し離れたバス停まで連れて行く時間はいつも同じ。つい最近まで、エンジンをかけながら、燃えるような朝焼けの空を見ていたような気がするが、この頃は、こんな風に薄暗い中で一日が始まるようになった。ヘッドライトに照らされた庭。深く眠っていた色とりどりの秋の葉が突然目の前に現れた。
石のように重たいリュックを肩にかけ、子供が助手席の車の戸を開けた。バタン。ドアが閉まる音。何時もの動作、何時もの音。もう行っていいよ、と言う合図のようなその音と共に後ろに下がろうとすると、その方向から暗闇に光る大きな何かが見えた。土を耕す為の巨大な歯をつけたトラクタ-が、こうこうとライトをつけ、のろのろこちらへやって来ている 。「早く行こうよ」子供と朝のなんでもない言葉を交わしながら、その大げさな光に照らされ行進の先頭をきるようにバス停に向った。
夏を越えると子供のセ-タ–の袖が5cmほど短くなっていた。ピアノを弾く彼が夏から始めた楽譜は6ぺ-ジ。七転八倒しながらも弾き進み、もう少しで最後のぺ-ジに辿り着く。毎日、繰り返し弾くその曲が、夜を経て次の日になると音やリズムが昨日よりすんなり彼の身体に入っていくのが不思議でたまらない。器の水の中で知らぬ間に伸びたミントの根のように、朝と夜を繰り返す、変化が時間の環の中で少しずつ起こっていくのだ。
台所の窓から見える大きな木。黄色い葉がはらはらと落ちるのが目に映った。木の足元が落ち葉で随分覆われている。秋が深まりそんな風景の中を歩いていると気持ちがグッと動くのが分かる。かといって、切ない気持ちにはならない。葉が全部落ちてしまうと言う劇的なことが起こっているというのに、その燃えるようなあまりにも美しい葉の色を見ていると、何かきっとその次にいいことが待っているような感じがするのだ。降り積もった葉は私の心を躍らしてくれるだけでなく、虫たちの暖かい住処になり、いずれは腐敗し土を肥やす。そして木は又その養分をもらい、冬を超え一回り成長していく。木のシルエットを映すように葉が重なり落ちているその場所。幹の周り、半径何メ-トルかの空間に図りきれないほどの豊かさが積もっているのだ。
秋になるといつもどこかに植える球根。今年は庭で見つけた古い鉢にも植えてみることにした。冬の花のない時期に窓辺に置くヴィオラ。その横にもムスカリの球根をこっそりしのばせた。寒さの中でずっと可憐に咲き続ける小さなその花。その横で安心した赤子のようにぐっすり寝むり込んでいる球根は、春の暖かさと共に目覚め、ひょっこり小さな青い花をのぞかせるだろう。
そろそろ庭に花が少なくなってきた。
残っている花を少し摘み集める。
時間の環。
何かが終わることが何かが始まることに繋がる。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/