【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(54)桜の葉

台所に立っているとベランダから犬がブルブルと身体を震わす音が聞こえた。入れたばかりの熱いコ-ヒ-。手の中の丸みのあるコ-ヒ-カップからじんわりとその温かさが伝わる。

 

今朝は冷える。

 

散歩の相棒の犬はこんな寒さなどへっちゃら、と言った顔をしてこちらを見ている。もう少しコ-ヒ-で暖を取っていたい気分だが、前足をぐっと伸ばし背伸びをしたり、外に出るのが待ちきれない犬の信号音はだんだん大きくなるばかり。コーヒ-を一気に飲みほし分厚いコ-トと帽子と共に外に出た。

A

ベランダの重たい戸を引き開ける。空から明るい光線が顔に降り注ぎ、思わず目を細めた。口の辺りまで巻き付けたマフラ-からもれる白い息。晴天ときりっとした冷たい空気は冬の親友、気持ちがいい。昨日の夜の散歩で見た空。そう言えば雲一つなく、星がいくつもきれいに見えていた。地球の暖かさは寝ている間に宇宙に逃げて行ってしまったようだ。そんな夜が明けると、おおらかな太陽が誰にも邪魔されることなく私たちを待ってくれていることが多い。

B

穏やかな光り、輝やく落ち葉や枝の葉。頼もしい太陽がどんどん空高く昇っていく。日向にあるグラミネや季節外れのバラにはもう霜がとけ雫の粒が沢山ついている。温かさが届かない植物はまだ真っ白なままだが、もう少しの辛抱。庭を歩きながら自分の身体と気持ちも、凍える植物と一緒にじんわりととけていくような感じがした。

 

C1

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この所犬の毛はふさふさしてきている。夏の毛とおさらばし、その代わりに冬の毛が現れてきているのだ。自分の身体はどんな風に冬支度をしているのだろうか。ふとそんなことを考える。寒くなり全身に体毛が出現するのはお断りしたいが、みっしりと生える犬の毛を撫でていると自分の無防備な肌が貧相に思え、どこか羨ましいような気もする。

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オレンジの木の前で立ち止まる。桜。春の陽気と共に咲く、その柔らかで優雅な無数の花の中に大勢の蜂たちが無心に集まる姿は至福としか言いようがない。そして人間も同じくその見事な花を地上に散っていくまで愛でる。そんな春の祭典が終わると、桜の木はひょっこり葉を出し始めるのだが、もう誰も見向きもせず、それぞれ違う方向へ過ぎ去っていく。

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秋の桜が好きだ。冬の夕焼けの空のように、ゆっくりと時間をかけて色づく葉を追い、風と共に落ちていく姿をみると、狂うような花の時期を超え、桜の木が葉と一緒に過ごした穏やかで親密な時間が聴こえるような気がし、少し心が熱くなる。そして枝から葉が全部落ちきってしまうと、次の春の花を待ちながら木は目をつぶるだろう。

 

夕方。

 

スト-ブに薪をくべ、夏に収穫したリンデンの葉をポットに入れる。

外はもう真っ暗。

 

優しい暖かさ。

F1F2

庭がそろそろ眠りにつく季節がやって来た。

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/