【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(56)Décembre
手の形をした大きな葉が一枚、目の前にはらっと落ちた。イチジクの木の足元に山のように積もったその葉。それをクマデでがさがさとかき集め、一輪車へ乗せる。
裏庭の窓から見えるその木の様子がこの何日間でガラッと変わった。裸になったひょろっとした枝。少しきまりが悪そうだが空へ元気に真っ直ぐ伸びている。それにしてもイチジクの成長は早い。下手をすると他の植物を自分の影に追いやってしまうくらい無邪気に枝を増やし伸びていくのだ。冬の庭仕事、今年もやはり剪定をしなければ、と思う。
冬の庭であからさまになった植物の枝を見ると、年に一度会うピアノの調律師さんのことを思い出す。子供が弾くアップライトの黒いピアノを調律するために来てもらう背の高い彼。手際よく木の枠が丁寧に外されると、閉じ込められていた木の香りが立ち上がる。はっとするその瞬間。ピアノと言う楽器はほとんど木でできているのだ。88個の木と羊の毛で出来たハンマ–、そしてそれ以上の数の金属の弦。いつも鍵盤の後ろに隠れていたものが現れると、儀式のように鍵盤が一つ一つたたかれ、88の音は整えられていく。それを隣で聞いていると、いつの間にかそのリズムに吸い込まれて不思議と自分の気持ちまですっと一つにまとまっていくような感じがするのだ。
冬の庭にはどこかそれと同じような空気が流れているような気がする。みずみずしい春の新緑、花が咲き乱れる春から夏、秋の燃えるような紅葉の美しさ、植物の息吹と一緒に人間も太陽を求め、庭や森で思いっきり呼吸をする。冬の庭仕事で剪定が一番好きなのは、そんな風景を無意識に想像しながら、枝に鋏を入れ実は自分さえも整っていくからなのかもしれない。
今年はカシスの枝を思いきってたくさん剪定をすることにした。まっすぐ素直に伸びた薄茶色の若い枝を残し古い枝を切り落としていく。そんな古木は枝分かれし、ぐねぐね曲がりそれぞれ、ありったけの個性がある。今まで過ぎた数年間の時間。その様なものがぎゅっと詰まっている愛しい枝たちをざくっと手で丸く編んだ。無骨なそのリ–スは手で触るごとにあの甘酸っぱい青黒い実の香りがする。来年の春、残した若い枝は成長し若葉が芽吹き、花がつきそこへハチたちがやってくるだろう。
12月。
街はきらびやかな光と飾りで輝き始めた。夜が一番長い日を超え、これから少しずつ日は長くなる。
12月の静かな庭。
今日は太陽が照らしている。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/