【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(63)Perce neige
朝8時。
車のドアが半分凍りついていた。取っ手を幾度か引っ張り何とか中に入る。車の鍵を回しエンジンをかけていると続いて子供が同じようにガシャガシャとドアを鳴らし助手席に座り込んだ。« 日が昇るのが早くなったね » と子供がつぶやく。シルバ-に光る凍りついた景色は既に明るく、麦畑の先の地平線に太陽が上がろうとしているのがぼんやり見えた。春の予感。霧がかかる寒い朝だと言うのに、今日の太陽はそこから突き出て行こうとする力が満身にあふれていて、ぐんぐん昇っていくように見える。冷え切った車の中でぼうぼうと響くヒータ-の音を聞きながらアクセルを踏み込んだ。
バス停から帰ってくると、家のガラス戸の前にある靴の上に犬が座り込んでこちらを向いていた。今度は自分の番。そんな声が聞こえ、早速、長靴に履き替えそのまま庭へ出た。
銀色の草の海は、薄紫の光線に照らされもやっとしている。木々からは雫がもう融け落ち時々きらりと光る。庭のくぼみにできた大きな水たまりの池。空から惜しみなく降り注ぐ陽が水面に反射し美しい。太陽が思いっきり、なんでもない2月のありのままの庭を祝福しているような感じがした。
ばたばたばた。庭の端の枯れ枝の山に犬が顔を突っ込んだとたん、雄キジが大げさな音を立て慌てて飛び立った。そんな犬に引っ張られ前にのめり込むように進んだ瞬間、垂れ下がった木の枝が顔にあたりそうになる。目線を上にあげると黄緑の小さな蕾が無数に見える。西洋サンシュユが知らぬ間に咲き始めていた。近くにある梅の花もずいぶん膨らんでいる。驚いたことに桜の花が一輪咲いているのも見つけた。不揃いな春の足音が聞こえる庭。冬の億劫な気分が知らず知らず遠のいていく。
裏庭に戻ると、寒さと暖かさが混じり合う時間がまだ少しそこに残っていた。クリスマスロ-ズや真っ白のスノ-ドロップが半分凍りつき、しんなりと身を曲げているのが見える。毎年そんな花の姿を見ると、まだまだ寒い2月にわざわざ咲かなくてもいいのに、と思ってしまうこともある。けれども彼女らは寒さをかき分けて生きるのが好きな、孤独な春を告げる花なのだ。すっかり温度が上がる3月や4月に咲く花とは一緒にしないでくれ、とでも言っているように、昼頃になればリン、と身を起こし何もなかったように立っている。
Perce neige (雪を突き抜ける花) 。
真っ白な鐘を小さく鳴らし春風を誘い出す気丈なおしゃまさん。
冬と春を出合わせるこの花をやはり好きにならずにはいられない。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/
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