【LIFESTYLE】パリ近郊 花とともに暮らす (73) 水無月tomo
6月。大変なことが起こった。
雷の音が空に響き出した夕方。獣が遠くで低く唸っているような音を聞いていると、突然、堰を切った様に激しい雨が降りだした。ベランダの屋根を叩き付けるその暴力的な音に犬はぶるぶる震えている。もうすぐ止むから、と声をかけながらベランダのガラス戸越しに庭を見続けた。雨はいっこうに止みもせずますますひどくなるばり。2階の天窓からしきりに雨漏りがし、ありったけのバケツを家族で置いた後、ベランダに戻り犬を落ち着かせるために背中を撫で続けた。
突如、屋根から聞こえていた音がより硬質な音に変わる。雹だ。雨はあっという間に無数の白い球に変わった。それと共に風は一段と強くなり裏庭の木々や花たちは今にも折れてしまいそうに激しく揺れているのがガラス越しに見える。地面に叩き付けられた雹はピンポン玉のようにはね返り四方八方に落ちていく。天空で何が起こっているのか。手が付けられない白い嵐に全てが巻き込まれ、いつもの平穏な庭が荒れ狂っている。犬の横に座り込み同じようにおびえている自分に気が付いた。
かなり長く続いた雹が終わり、小ぶりの雨に変わる。外に出てみると道は水浸しで、その水は勢いよく麦畑の横の深い溝へどんどんと流れて行っている。この水はどこから来るのか。その源泉を探すように歩いて行くと池の水が溢れ流れ出している場所へ辿り着いた。水流を避けて歩いていると足元に黒い小さな生物が見える。オタマジャクシがやっと大人になったような小さなカエル。水に流され道の上を何とか這っていたのだ。いつもいる水鳥は姿がないが馬はすくりと立っている。無事でよかったと胸をなでおろす。
裏庭のダリアやハ–ブの足元に雹が積もり、20cmくらいの深さの水がついていた。すっかり冬に逆戻りしたような庭。水の中に手を入れ雹をかきだす。氷のように冷たい水。温度がどんどん上がるこの月に植物は大きく成長すると言うのに。時計の針は一瞬にしてゼロに戻ったような気がした。
6月のカオスの翌日。嘘のように空から太陽がこちらを眺めていた。ずたずたになった植物の葉が散在する庭。ぼろぼろと地面に落ちたカシスの実。水没したポタジェ。土を固くしてしまうので土がぬれている庭に足は入れられない。水が大地の底へ深く沈んでいく様子を想像する。待つことだけが今私の出来ること。それでも痛々しい姿の植物を見ると自分の気持ちをどのように持っていけばいいのかが分からない。
日々は無言で過ぎていった。
土が乾くにつれ折れた花を少しずつ切り裏庭の掃除をしていく。傷んだ花でも愛おしくそれを束ねる。
水に埋もれ葉が腐ってしまったポリジを思いっきり短く切っておいたのだが、ふと見ると驚くことにもう新しく葉が出てきている。そしてその回りには丸い双葉が沢山。失望と無力感でくよくよしていた私を置き去りにして、こぼれ種は生き延び、しっかり芽を出したのだ。そしてあんなに傷ついた植物がひそかに花を咲かせている。
ようやく乾き出したポタジェの土に鍬を入れる。
新しく種をまきなおそう。
生命はいつも前だけを見ているのだから。
【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/
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