BiSHモモコグミカンパニー「人生が不安だから書けた」小説執筆の舞台裏
2021年末に初の『NHK紅白歌合戦』出場を果たし、2023年をもって解散することを発表した”楽器をもたないパンクバンド”BiSHのモモコグミカンパニーさん。本誌9月号の新時代創作プロジェクト連載「1 PICTURE 1 STORY」vol.4で、初の”超短編”小説『インターネットダイビング』を綴った彼女が、”小説の舞台裏”を語った。
モモコさんが今年3月に上梓した初の長編小説『御伽の国のみくる』(河出書房新社)には、個性豊かなキャラクターが多数登場する。どのように生まれたのか。
「『御伽の国のみくる』のときは、登場時人物がスラスラ出てきました。最初に河出書房さんに送ったときは中編小説だったんですけど、もう長編にしたときのキャラ全員が出ていて。小説の書き方がわかっていなかったのもあって、流れにまかせてバーッと書いて急に撤収した感覚でしたが、物語が進んでいくうちに最初は出てくる予定のなかった人も含めて全員、自然に登場したんです。
でも、いま考えるとその書き方はたぶんよくなくて。アウトラインやプロットをきちんと作り、キャラ設定をまとめてから書くのが普通だとあとから知って、そっちもできるようになりたいと思っているところです。
読者の方から付属の郵送ハガキでいただいたコメントでは、『どれがモモコさんですか?』という質問や、作中キャラをBiSHメンバーに例えたものが多かったですね。小説を出したあと髪を水色にしていた時期があったからか、作中で水色の髪をした『ハルト』というキャラに似ていると言われたり、主人公のメイド『みくる』に似ているという意見が多かったかな。
そういう見方もおもしろいなとは思うんですけど、全員が間違いなく自分の中から生まれたキャラで、それぞれに自分らしさがあるなと思っています。私としては、みくるを応援するためにメイド喫茶に通う『ひろやん』というオタクの中年男性も自分だと思える感覚がある一方で、一人ひとりのエピソードを見ていくと全員が自分じゃないなとも思えて、すごくおもしろいです」
略奪愛や報復など、同作にはモモコさんのイメージとはかけ離れた過激なシーンが満載。キャラ達の挙動を、どのような思いで見守っていたのか。
「みくると友達になったはずの同僚の美少女メイド『リリア』が裏切ったシーンは、思考や文化の違いなのか、男性と女性で反応が分かれます。男性からはよく『裏切ると思ってなかった!』と言っていただくんですが、女性社会で生きている私からすれば自然な展開で、『女って怖いんだぞ』みたいな気持ちがあります(笑)。
それから、みくるが、それまでルックスで引け目を感じていたリリアの顔を踏んで反撃するシーンがあるんですが、現実世界だったら私は絶対にできないので、みくるのことを見直しましたし、『よくやってくれた』と思いながら書きました」
数多い登場人物の中で、とくに思い入れのあるキャラは?
「水色の髪のハルトくんです! 主人公が働くメイド喫茶でキッチンを担当している、前髪が長くて黒い服ばかり着ている男装の女の子なんですけど、私にもガーリーになりたいときとボーイッシュになりたいときがあるので、気持ちの面で中性っぽいところが自分と似ているなと思います。あと、思ったことを直接言わずに、あとから人づてで言うところも(笑)。
物語の中では重要人物でもあるし、長い前髪も水色も私の好みです。でも、まわりに全く似た人はいないし、誰を参考にしたわけでもなくスッと出てきた子でした」
清掃員(BiSHファンの総称)ならずとも、キャラ達の”モデル”が気になるところだが……。
「これまで出会ってきた人達を無意識に参考にしているかもしれないんですけど、具体的に誰かをモデルにしたという意識は本当になくて。でも初めての小説ですし、すごく自分の内面に向き合って書いたので、ゼロから作り出したというよりは今までの人生が反映されているキャラクター達かなと。
ゼロから生み出すほうが”作家さん”という感じがして憧れるんですけど、『御伽の国のみくる』を自分が書いたことの意味を常に考えていて。ただおもしろいだけの話を書いても『私が書いた意味あるの?』と思ってしまうので、”自分のかけら”をキャラ全員に分散させることができてよかったです。
作中のエピソードに実話は含まれていないんですけど、たとえば主人公の嫌な気分や重い感情、反対に前進したい気持ちは私が抱えているものと同じだと感じるので、自分が書く意味はあったと思います。そのぶん暗い気持ちを書いているときは、しんどかったですね」
一方で、思ってもみなかった体験も。
「ラストシーンのあとのエピローグで、おばあちゃんが発した言葉に、自分で書いていてハッとさせられました。そのとき、『この一文を書くために、私はこの作品を書いていたんだな』と思えたんです。そうした未知の言葉との出会いがいくつもあって、とても不思議な体験でした」
キャラクター考案力を高める「他人の名前予想」独自の人間観察術とは?
モモコさんの豊かなキャラクター描写の土台には、日常的な”観察”と”想像”がある。
「じつは昔から、友達と電話しているときや学食で話しているときに、よく自分と相手の声を録音しています。口調とか言葉選び、話しの組み立て方なんかをあとで聞き直して確かめるんです。自分の声を聞くのはすごく気持ち悪いんですが(笑)、単純に聞こえ方を知りたいのと、ツラい日常が続いたときに聞き直して、楽しい気持ちを思い出せるように。
外でも、たとえば喫茶店にいるときに自分と違う世代の人たちが近くの席にいたら、『どういう話をしてるんだろう』とイヤホンを取ってそっと話を聞いてみます。あとはタクシーに乗っていて個性的な人を見かけたら、こっそり覗きながら『この人はどんな名前なんだろう』と想像していますね。
ご本人の前で恥ずかしいんですけど、今日の現場のヘアメークさんも初めての方でしたので、きっとこういう名前だと自分の中で想像していて。名前を教えていただいたら『ああやっぱり、下の名前をひらがなにすると優しそうな感じだった!』って。
ほかにも『この人は7月生まれなんだろうな』『口癖はなんだろう』というのを想像して、答えと照らし合わせてみて、自分の感覚は合っている/間違っているというようなことを、気持ちに余裕のあるときはいつもおもしろがってやっています」
書き始めることはできても、ゴールまでたどり着くことが小説執筆の最難関。モモコさんはどうやって、初挑戦にして壁を乗り越えたのだろうか。
「とにかく書き上げるまでが大変で……。ファンの人からの応援も励みになったのですが、いちばんの支えは”こうなりたい”という自分の意志でした。それから日常的なことでいえば、毎日早起きしてタイマーをかけて『5分は絶対やろう』と決めて原稿に向かっていました。気づいたら1時間以上経っていたということも多かったですね。
こまごました作業が好きなのもあって、ある日に一気にやって別の日はお休みというやり方より、毎日ちょっとずつ進めるのが得意なんです。小説は書くのは長期戦なので、そういうところが合っていたかもしれません。
でも私、基本はめんどくさがり屋なんです。ただ、昔から自分のやらないとサボるところがわかっていて、準備をしないと不安だから”ちょっとずつスタイル”になったんだと思います。BiSHの活動でも、たとえばダンスは練習しないとできるわけがないとわかっているのでライブ前にちゃんとチェックしたり、MCの煽り文句もステージで咄嗟に言葉を出すのが得意じゃないので『ここでこれを言う』とちゃんと言葉にして確認しますし。
いま自分では、『人生が不安だったから小説を書けたのかもしれない』と思っています。不安はもちろん悪いことばかりじゃなくて、みんな不安だからこそ行動しますよね。私には少し悲観的なところや不安症なところがあったから、コツコツやって書き上げられたのかなって」
そうした自身の特徴は、学生時代から理解していた。
「たとえば勉強も、集中力が高いほうではないから徹夜をして”一夜漬け”はできないんですが、毎日ちょっとずつやるのは全然苦じゃないんです。思えば本を読むときも一緒で、1日だと20ページも読めないけど、毎日5ページずつなら無理なく読める。
天才肌じゃないから、めんどくさがりな自分と戦うしかないという(笑)。だから私にとっては、テスト勉強や受験勉強が”毎日ちょっとずつ”を意識し始めた原体験かもしれません」
「作家の私は“透明人間”」必死にエゴサーチをしなくなった理由
執筆自体も大変な一方、別の”挑戦”もあった。
「BiSHにいるときに過激な描写のある作品を出してしまっていいんだろうかと、じつは少し怖かったんです。モモコグミカンパニーのパブリックイメージもありますので、『ファンの人にいちばん、読まれたくないな』と思っていたときもありました。
自分の中では、そういう意味の挑戦でもありましたし、出してみたら『びっくりしました』と言われたりもして。そうしたファンの反応も含め”BiSHでいるからこその弊害”を気にしていたのですが、よく考えたらBiSHは常に変わっていくもの。私自身は変わっていないので、『モモコグミカンパニー像はちょっとぐらい壊れてもいいんじゃないか』と思えるようになって。
小説を書いている自分とBiSHのモモコグミカンパニーは別物ですが、読む人からすれば確実にリンクするもの。でも、イメージを壊すぐらいがおもしろいんじゃないかって、今は思っています。
それから、BiSHのときは男性のファンが多いんですけど、『御伽の国のみくる』は感想ハガキを見ていても女性がたくさん読んでくださっていて、女性のほうが多いんじゃないかと思うくらいなんです。そういうところでも普段とは違った顔をお見せできている実感があって、おもしろいですね」
では、執筆時の自己認識はどうだったのか。
「BiSHのモモコグミカンパニーや本名の自分と比べると、いちばん”色がない”状態です。一応、モモコグミカンパニー名義で出させていただいてはいるんですけど、自分では”第三の人格”かなと思っていて。
『御伽の国のみくる』を書いてるときは、BiSHに入ってから初めて、スマホをまったく見なくても気にならなかったり、一日中何も食べなくて平気だったり……。そういう自分には、初めて出会いました。必死だっただけかもしれませんが、書いてるときは私生活なんてどうでもよくなって。だから、今までの自分ではないという意味で”透明人間”という表現がしっくりきます」
書き上げて世に送り出したあとにも、これまでとは違った感覚が。
「小説を出したら評価は結構、分かれると思うんですけど、私自身はそれほど気になりません。よくないって言う人がいても、自分は書いていて楽しかったですし、『自分で読んでも、いいものができたなと思えたからいいや(笑)』という気持ちで。エッセイを出したときのほうが、評価が気になっていましたね。
エッセイは自分とつながっていて、”内臓が売られている”感じがするので、ダメ出しされるとグサッとくることもあります。でも『御伽の国のみくる』に関しては登場人物にお任せ……といいますか、そこに自分は登場しないので、本を出したらもう”自分のものじゃない感”のほうが強くて。
自分と切り離されているから、何を言われてもおもしろいなって思えます。だからエッセイのときのように、必死にエゴサーチもしていません(笑)。それは『インターネットダイビング』に関しても同じで、もう”自分のもの”とは思っていないですし、『いいタイトルが思い浮かんでよかったな』というだけです」
ご自身が考える、”作家・モモコグミカンパニー”の特徴は?
「作家さんはそれぞれ”色”をもっているのが普通だと思うのですが、自分の中ではそれがどんな色かを探るのが課題です。でも自分のよさなんて、また書かないとわからないですよね。
『インターネットダイビング』に関しては、(作品パートナーである)イラストレーターのからんころんさんの作風で色がつけられて、イメージを膨らませやすかった。ほかにもたくさん候補の方を見せていただいたんですが、からんころんさんとご一緒できて本当によかったと思っています」
作家としての課題も見えたモモコさんには、もう次回作への意欲が芽生えている。
「私は、悔しさがゼロだとあまり次につながらないと思っています。『御伽の国のみくる』は、アイドル志望の子がメイドをやってお客さんがついて……という物語なので、BiSHの活動やファンの人との関係を反映したから書けたんだろ、という反応も少なからずあって。それはもちろんそうですし、『御伽の国のみくる』のよさもそこにあるんですけど、少し悔しかったんです。”もっとこういうものが書きたい”というモチベーションになりました。
じつは今プロット段階のものがあるんですけど、まだ自分が何を書けるかわからないですし、詳しくは言えません(笑)。ただ『御伽の国のみくる』を書いていたころから、ずっと書きたいと思っていた話ではあります。
自分ではこれを書けたらいいなと思っているんですけど……私は起承転結をつけて物語に起伏をもたせることが苦手で、今回『インターネットダイビング』を書いていてもそれを痛感したので、もっと他人の作品を読んで吸収して、勉強します!」
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<PROFILE>
モモコグミカンパニー/BiSH(ももこぐみかんぱにー/びっしゅ)
2023年をもって解散することを発表した“楽器を持たないパンクバンド”BiSHで、2015年の結成時から活動中。メンバーの中で、もっとも多く作詞を手がける。2018年に初の著作『目を合わせるということ』を刊行。2022年3月に上梓した長編小説デビュー作『御伽の国のみくる』(河出書房新社)が好評発売中
Twitter:@GUMi_BiSH
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Photo_Takuya Iioka Hair&Make-up_Yumi Hosaka[éclat]