日本料理の「これから」を切り開く店/「ひと皿」の向こう側

今回ご紹介するのは、南青山の路地に佇む日本料理店【てのしま】です。

小さなビルの階段をトントンと上って扉を開けると、そこには、日本料理店と聞いてイメージする店内とはだいぶ異なった趣の空間が現れます。土間のある台所をイメージしたという、洗練された中にも温かみのある内装。ほんのりと灯る照明はカウンターやテーブルの料理を照らすようにセッティングされ、銅の棚や銅のメッシュを貼った障子が、独特の色合いと質感でほどよく空間を引き締めている、心地よい空間です。
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店主は、名店【菊乃井】出身の林亮平さん。【てのしま】という店名は、林さんのご実家の本家がある、香川県丸亀市沖の小さな島「手島(てしま)」に由来。思い出が詰まった手島の土が、壁やカウンターに塗り込まれています。
ここで供されるのは、9品からなる¥10,000のコース。ふんだんに盛り込まれた旬の食材、その美味しさを引き出す日本料理の経験と高い技術……だけではなく、「もっと日本料理を気軽に楽しんでいただきたい」という林さんの思いが伝わる、ワクワクするような内容です。コストパフォーマンスも高く、日本料理店の敷居を下げて、日常使いできる名店です。

誌面でご紹介したひと皿はこちら「てのしま寿司」。店名を冠したひと皿です。
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「てのしま寿司」には、炊いたり焼いたりした魚と酢で締めた魚の二種類の棒寿司と、いなり寿司が盛り付けられます。そのときどきで変わるいなり寿司の具材や棒寿司の魚もお楽しみ。
「ふと食べたくなるものって、素朴で“なんちゃないもの”なんじゃないのかな、と思うんです。作り込んでなくて、抜け感があって、作為のない味というか。そういうものを作れたらいいなと。でも、それがすごく難しいんです」(林さん)
丁寧に作り込んでいく、いわばハレの舞台となる懐石料理の世界で研鑽を積んだ林さんだからこそ作り出せる“なんちゃない料理”のひとつの形が「てのしま寿司」なのです。
私たちには馴染みが深く、林さんも大好きだといういなり寿司。その具には、瀬戸内海のレモンとグリンピースを合わせた“豆レモン”、乳酸発酵同士を組み合わせた“すぐきパルミジャーノ”などユニークなものもたくさんあり、私たちを楽しませてくれます。
「“すぐきパルミジャーノ”は圧倒的な旨味で攻めてくる感じ。意外性もあってめっちゃウケました。口に運ぶと皆さん<ほーっ!>ってなって(笑)。いなり寿司のように親しみのあるものの方が、わかりやすい驚きがあり、楽しんでいただきやすいのかな、と。節分のときには巻き寿司にしたのですが、そういう日本の行事に関わりのある料理もお出ししていきたいと思っています」(林さん)

コースの8品目、「てのしま寿司」の次に供される「いりこだしにゅうめん」。お椀の大きさは大・中・小の三種類。お腹の具合に合わせて選べます。中と小のお椀は赤木明登・作、大きいお椀はとても古いものだそうです。
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小豆島の素麺を使い、九条ネギをたっぷりのせた優しい味わいのにゅうめんに使われているのは、高級日本料理店ではまず使われることのない“いりこ”のだしです。
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「このいりこは、香川県伊吹島の『やまくに』のものです。漁場は観音寺港沖の燧灘(ひうちなだ)で、漁港が近いため、獲れてから30分以内に湯がくことができるというのが美味しさの最大の理由なんです。そして、手作業で丁寧にピッキングを行っています。このいりことの出会いは衝撃的でした」(林さん)
だしについて、これまでの経験を再確認しつつ、常に研究や工夫を繰り返している林さんのもうひとつの衝撃的な出合いは『タイコウ』の鰹節でした。使用するのは一本釣りで水揚げされた鰹のみ。
「酸が全く出ませんし、渋みもない綺麗なだしが取れます。一本釣りということと、処理の仕方がとにかく丁寧なので、それが味にダイレクトに出ているのだと思います。この鰹節と出会って、今までできなかったことができるようになり、料理の幅もぐっと広がりました」(林さん)
家庭でもプロのような綺麗な美味しいだしが簡単に取れるという『タイコウ』の鰹節。是非、お試しを!

そして、こちらはパプリカと米麹に塩を加えて発酵させて作ったパプリカ麹。
「肉じゃが発酵パプリカ仕立て」という料理に使われます。「肉じゃが発酵パプリカ仕立て」のベースは日本の家庭料理の「肉じゃが」と、ポルトガルの郷土料理「アレンテージョ」。「アレンテージョ」は豚肉をあさりのスープで煮込む料理です。肉料理のスープに貝を使うのは日本にはあまりない発想。旨味たっぷりのスープは、そのまま飲むには少し濃いので、“おやき”と銘打って添えられているパンを染み込ませればスープも余すところなく楽しめます。
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「『肉じゃが発酵パプリカ仕立て』をココットでお出しすると、<これ何料理?>と皆さん驚かれます(笑)。でも、今や日本料理を代表する天ぷらもポルトガルから伝わったもの。アレンテージョを日本料理に置き換えて、醤油、酒、パプリカ麹で仕立てれば、これも日本料理になるのではないかと。日本料理って、世界で食されているさまざまな料理を包み込める力と柔軟性があると思うんです。僕はその土地土地で長く作られている郷土料理に、料理の本質があるのではないかと考え、日本全国の郷土料理について資料や文献で調べたりしながら、時間の許す限り、現地に足を運んで実際に触れてみたいと思っています。それは日本だけでなく、アレンテージョのように世界の料理にも言えることなのかもしれませんね」(林さん)
数十年後、「肉じゃが発酵パプリカ仕立て」は、日本料理のスタンダードになっているかもしれません。
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「綺麗で力のある器が好きです」という林さん。カウンターの向かいにある銅製の棚には、林さんと奥様が、日本全国で見つけた器が並びます。
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この白漆の鉢は、広島在住の作家、蝶野秀紀氏の器。とても軽く、白漆の独特の質感と色合いがなんともいえない美しさを醸し出します。

下の写真の手前は、林さんと同世代の備前の作家、金重周作氏の器。骨董の店で一目惚れしたという、すっとした佇まいが美しい徳利。奥は、会津で見つけた“ニシン鉢”。会津の伝統保存食で、身欠きニシンを山椒、酢、醤油で漬ける“ニシンの山椒漬け”に使われたもの。店ではワインクーラーとして使用されています。
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そして、最後のデザートも楽しみのひとつ。「こうや豆腐伊予柑ブリュレ」は、高野豆腐を粉にして、豆乳と牛乳で炊き、卵と合わせて蒸したもの。さまざまな味わいが口の中に広がり、幸せを感じる優しいデザートです。
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林さんは、1976年、香川県丸亀市生まれ。大学卒業後、【菊乃井】へ。2011年、【菊乃井】本店副料理長に就任、2015年には【菊乃井 赤坂店】渉外料理長就任。【菊乃井】主人・吉田吉弘の元で18年間、研鑽を積み、主人とともに17カ国以上で和食普及のためのイベントにも携わる。
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「昔から食されてきた料理を今一度見つめ直し、掘り下げて、これまで自分が学んできた技術や経験によって現代にふさわしい形に再構築してお客様に提供する、これが【てのしま】らしさです。“みんなの和食”を目指します」(林さん)

【てのしま】
東京都港区南青山1-3-21-2F /03-6316-2150
18:00~23:00(22:00L.O.)
定休日:日曜休、不定休あり 2018年3月OPEN
*お任せコース¥10,000

撮影/牧田健太郎 取材・文/齊藤素子 編集/川原田朝雄

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筆者プロフィール:
「モキチ」ことライター齊藤素子。銀座・泰明小学校卒業。OLやギャラリー勤務を経て、1995年『VERY』創刊時にライター稼業を始める。食や旅のページを中心に雑誌やWEBで活躍中。その一方で、世界初の腰痛専門WEBマガジン『腰痛ラボ』では編集長を務める。