【LIFESTYLE】パリ近郊 花とともに暮らす (72) 6月の赤
朝、犬の鳴き声で目が覚めた。
窓から入る6時の朝陽ではっと目が覚めた後、又うとうとと睡魔に身を任せる今日この頃。少し寝坊をしたようだ。ちょっと遅いんじゃない。そんな顔をした犬がベランダのガラス戸の前にいる。お待たせしました、と挨拶をし庭へ一緒にのろのろと繰り出した。
道に出るといきなり一匹の野ウサギと鉢合わした。犬の身体が一瞬の間に緊張する。飛び出しそうになる犬を綱で引っ張っている間に、野ウサギはタックルをかわすような仕草で幾度か方向を変え、グラミネの茂みに埋もれるように消えて行った。去ってしまった野ウサギの匂いを追って行く犬。側に生えている野草のマ–ガレットが揺れ動く。朝から動物たちは元気で、お陰で寝ぼけた自分の身体が少し目覚めたような気がした。
夏を思わせる暑さが多かった5月。そのせいで庭はいつもより早く花であふれている。シャクヤクが咲き終わるころ池の傍にある野バラたちはいっせいに蕾を膨らませ、あっという間に見事に咲き切ってしまった。
置いてけぼりになるのを恐れているかのように他の花たちも駆け足で庭を走り回り、様々な色を庭に落としていく。今までの5月で一番気温の高い年。昨日車の中でつけたラジオからそんな声が聞こえた。温暖化が進み思いもよらない自然の変化を、確かに庭や麦畑を通し日々感じることが多くなってきている。地球は燃えている。思わずそんな言葉が浮かんだ。
ポタジェに出向く。花と野菜が混在するこの場所に着き、歩いていると甘い匂いがどこからかした。
ふと目を足元に向けると赤いものが地面を這うように見える。イチゴが赤く色づき始めたのだ。真っ赤に熟れた一粒を探し手に取り口に入れてみる。甘い。こうして自然に生きたまま熟した果物や野菜の味は何よりもおいしく、気持ちがぐっとほぐれる。裏庭にも野イチゴがハ–ブに混じって随分数を増やし可愛い白い花をつけていたのだが、つい最近、やはり同じく小粒の可愛い赤い実をつけているのを見つけた。おいいしい赤。小さくてもその独特の甘さと香りにかなうものはなく、庭仕事をしながらのつまみ食いが止まらない。
道に戻ると勢いよく成長した麦畑の横に同じく背を伸ばした雑草のグラミネをトラクタ–が刈り取っていた。野生のポピ–がぽつんと咲いている。オレンジがかった赤。Les Coquelicots と言う名のついたクロ–ドモネの絵。そこにはまだこの花が麦畑に無数に混り咲く牧歌的な風景があった。麦畑は赤と緑だったのだ。けれども今ではポピ–や他の雑草は除草されてしまいそんな風景に出会うことは珍しい。何かを選択しようとすると何かが失われる。綱引きの綱を引っ張りすぎないようするにはどうすればいいのだろう。
道端にひらひらと風に吹かれながら姿を現す赤い花。
けれども、どんなことがあっても、この花がなくなることはないだろう。
その軽やかさとたくましさで6月が始まった。
【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/
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