【LIFESTYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(74)Summer book

10時。

ベランダに出るとむっとした暑さが肌にまといつく。犬はいかにも暑そうな風袋で目を閉じ腹ばいになっている。コンクリ-トの床の冷気で少しでも涼しく、と言う具合なのだろう。嵐が過ぎた後、あたふたした日々に追われているうちに温度計の赤い線が少しずつ上って行った。今日はとんでもなく暑くなる。そんな予感がした。

暑くなりきる前に出かけよう。帽子をかぶりポタジェへ向かう。水没したポタジェの土は元気な太陽のお陰であっという間に白くなったが、雨に打ち付けられたせいで地面はカチカチとなり、コンクリ-トがひび割れたような線が走り奇妙な模様を描いている。ふと見るとその割れ目からかぼちゃの芽が出ている。生き残った種。他の部分は耕し直し新しく種をまいたのだが、そこだけはそのままにしておいたのだ。決して褒められるようなものではない不完全な仕事ぶりは時として思いがけない贈り物をくれる。

 

嵐を乗り越えあっという間に咲き切ってしまったバラ。その跡をたどるように庭を歩く。水彩画の色が滲みその輪郭が曖昧になるように、バラの華やかな色が庭のみどりに徐々に溶け込んでしまったような気がする。庭が次の季節を待っていた。

何かと何かの間にはいつも静かな空気が流れている。それは誰も気が付かないような短い間だ。いろんなことが頭を巡り、気持ちも身体もあっちに行ったりこっちに行ったりしている時間を抜けて、突然すぽん、と真空管に入ったように静かになる瞬間。そこに身を置けることはめったにないような気がするが。それでもそんな時は突然やってくるものだ。

午後暑さが増して裏庭のハシバミの木の下で涼むことにした。犬は暑さにばててずっと土の上で寝ている。風もない暑い一日が進んでいく。冷やしたミント水を片手に犬と同じように目を閉じた。

 

 。やっと気温が落ち少しひんやりとした空気が戻る。暑さで疲れた気持ちと身体に風を入れたくなり散歩に出かける。庭さきに黄色いアキレアがひょろりと立っていた。青い花、白い花、赤い花。さっきは目に入らなかった花たちがどんどん浮かび上がっていく。もうすぐ夏の野花が道端や野原を埋め尽くすようになるだろう。白い野草の花を思わず摘み取った。

田舎道を空に向かい歩く。夕日に照らされたべ―ジュ色の麦だけが目の前に広がっていた。なかなか沈まない陽。夏至がもうそこまで来ているはず。

突然、去年の夏訪れた北欧の土地の風景へと繋がった。背の高いアシの群生の中の小道。人気のない島と岩辺。私が知らないような自然と静寂がそこにはあった。そして、冬の自然の厳しいその土地で人々は夏が来るのを待ちわびている。夏至祭に夏の小屋へ行き、野花を摘み花冠を頭にのせてその日を祝い楽しむのだと言う。

 

何処からかリンデンの甘い香りがする。

次の季節が来る前の静けさ。

夏が地平線に触れる頃Summer bookのペジがゆっくりとめくられる。

 

 

 

 

 

 

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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