ブレイディみかこさん「読書はコミュニケーション能力がつくんです」

イギリス・ブライトン在住のコラムニスト・ブレイディみかこさん。100万部の大ヒット作『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んだことのあるVERY読者も多いはず。ブレイディさんの新作小説『両手にトカレフ』は、家庭に深刻な問題を抱える14歳の少女・ミアが図書館で一冊の本と出会うことで、世界が変わっていく様を描いています。そこで、読書でこそ養える力やイギリスの読書教育について、ブレイディさんにお話を聞きました。(全3回連載)

ブレイディみかこ
保育士、ライター、コラムニスト。1996年からイギリス・ブライトン在住。『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞を受賞。2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞などを受賞。子育て世代だけでなく幅広い層で共感を呼んでいる。

本を読むことで
コミュニケーションスキルが育つ

——今はYouTubeやゲーム、サブスクのサービスなど楽しいものがたくさんあって、「子どもがなかなか本を読みたがらない」と言うママも多いんです。実際、「なんで本を読まなきゃダメなの?」と子どもに聞かれたら、うまく答えられなかったりもして。学習面での必要性とは別に、読書で養えるものって何だと思いますか?

本を読むことは、誰かの話を聞くこと、誰かが隣に座って語りかけてくれることなんですよね。何百年も前の偉人が語りかけてくれたり、その時代、その国に生きた人の声を聞ける。本を読むことはコミュニケーションだと思います。『両手にトカレフ』でも書いたように、現代のイギリスに住むミアと日本の大正期を生きた金子文子が実際に出会うわけはないんですけど、読書を通してミアは金子文子の話を聞けるんですよね。ネットで情報を得ることと読書の大きな違いは、読書って時間がかかるじゃないですか。本だと読みたくない部分も読まなきゃいけないし、全部が面白いわけじゃなくて10ページのうち1行だけが心に響くこともある。同じように、人と話すときも相手のために時間を割いて、面白くない話も納得できない話も聞かなきゃいけないし、スワイプして飛ばすことはできない。アナログで遅いところが、人間のコミュニケーションと読書って似ているんでしょうね。手間や時間をかけてつきあっていくのが人とコミュニケーションを取るということだから、人の話を聞く姿勢を育てるうえで、本を読むことはすごく大事だと思います。

 

——読書は基本的に一人でするものなので、コミュニケーションスキルとの関係があるという考え方は意外です。でも、すごく納得しました。

対人スキルと同時に、エンパシーも養えるのではないでしょうか。エンパシーっていうのは自分とは違う他者に対する想像力のこと。“共感”を意味するシンパシーとは少し違うんですけど、他者に対する想像力を育てるのが読書だと思います。ネットは自分の関心事だけ検索できるけど本はそれができないし、自分の好きな言葉ばかり書いてあるわけじゃない。生身のコミュニケーションと似たものだから、対人スキルとしてすごく大事なのではと思っています。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でもエンパシーという言葉を使ったのですが、日本でその言葉がすごくクローズアップされて。イギリスだと、オバマ元大統領が使っていたちょっと昔の言葉という感じなので、日本でこんなに話題になるとは思ってなくて。エンパシーという言葉が刺さるほど、日本人のコミュニケーションスキルが変わってきてるのかなと感じましたね。

 

読書を重視するイギリスの教育
親も読書習慣をつけられる

——イギリスでは子どもも大人も読書をすごく大切にしているということが、ブレイディさんの文章を読むと伝わってきます。

本を読むことが教育の中ですごく大事にされていますね。イギリスは4歳から小学校ですが(4歳〜5歳がレセプションクラス、5歳から小学1年生)、入学してから毎日本を読む課題が出るんです。記録ノートが親に渡されて、今日はこの本の何ページから何ページまでを読んで、子どもはこんなことを質問しましたとかこの言葉を覚えましたとか親が書くんですよね。これが結構大変で、溜めておくと子どもが何を言ったか忘れてしまうので、ちゃんと毎日書かなきゃいけなくて(笑)。だから親も一緒に本を読むことが習慣づくようになります。ちなみに、大学で何かを専攻することをアメリカ英語ではmajorですが、イギリス英語だとreadなんですよね。単語ひとつとってもわかるように、本を読むことが学ぶことだという文化が根付いているんだと思います。

 

——小学校での課題以外で息子さんに本を薦めたり、読書のサポートをしたことはありますか?

記録ノートは毎日同じことも書けないし、頭を捻って考えてましたけど、それ以外に特別に親として何かをしたことはないですね。イギリスの教育自体が親を巻き込むシステムになっていて、学校でもたくさん読まされるので、子どもたちも自然とこの本が面白かったとか普通に本の話をするんですよね。私から働きかけなくても、息子から「友達が面白いって言ってたから、これ買って」と言ってきますね。

 

——理想的ですね。親の記録ノートは何年生まで続くんですか?

子どもが自分で書けるようになるまでです。ノート自体は小学校卒業するまでずっと書き続けますが、自分で読んで自分で書けるようになったら親と交代。子どもによって発育状況が違うのでそれぞれですけど、うちは2年生くらいまで私が書いてました。それからは自分で書くようになったかな。年齢だと6歳か7歳ですね。読み書きできるようになると、その練習も兼ねて自分で書くようになります。親が書くような複雑なことは書けないですけど、年齢が上がっていくとどんどん面白いことを書くようになったりして、「へ〜、こんなこと書くんだ」なんて思いながら見ていました。

 

SNSの短文文化だけでは
コミュニケーションスキルは落ちていく

——日本では活字離れが問題視されるようになって随分経ちますが、一方でネットやSNSなどでのコミュニケーションは活発だったりして。子どもが読書をしないと困っている親も多いです。

今の子どもたちはネットやスマホが中心でそこから短い情報をたくさん得ているわけですけど、生身の人間とのコミュニケーションとSNSはやっぱり別物ですよね。ネットが出てきて短文文化というかTwitterの140字もそうですけど、短く刺さるキャッチコピーのような文章が求められるようになって。でも、生の人間のコミュニケーションはキャッチコピーを飛ばし合うことじゃないですよね。人と話すことは、その人のために時間を割いて、どんな話も聞かなきゃいけないし、そうやって他者とつきあっていくのが人とコミュニケーションを取ることだから。そのスキルを養ううえで、読書はすごく大事ですよ。急にその習慣をつけるのは難しいので、小さいうちから親なり学校なりがサポートすることが大切だと思います。

 

ブレイディさんの新刊 『両手にトカレフ』はポプラ社より発売中!

取材・文/宇野安紀子

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