【二月の勝者】作者語る中学受験「親に必要なのは“経済力と狂気”だけじゃない」

『二月の勝者-絶対合格の教室-』©高瀬志帆/小学館

受験シーズンの今、改めて大注目の漫画『二月の勝者』。作者・高瀬志帆さんに、「中受」をリアルに描く物語が生まれたきっかけをお聞きします。Part2では、漫画の制作秘話や見どころを大公開。第一話冒頭の「(中学受験を制するのは)父親の経済力と母親の狂気」という強烈フレーズは大きな話題を呼びました。高瀬さんがこの言葉に込めたかった「真の意味」とは?

 

Part 1▶︎『二月の勝者』著者が見た令和の中学受験の「リアル」親世代の受験と何が違う?

Part 3▶︎「2月1日は『スラムダンク』の山王戦」中学受験マンガ『二月の勝者』作者が語る

 

※2023年2月公開の記事を再編集したものです。

こちらの記事も読まれています

【中学受験相談・小6直前期】受験生である子どもの精神的な幼さが気になります

強烈な“あのフレーズ”の誕生

『二月の勝者-絶対合格の教室-』©高瀬志帆/小学館

——『二月の勝者』の中で印象的なのが、1巻の冒頭で黒木先生が言った“母親の狂気と父親の経済力”というフレーズです。その言葉が一人歩きして、どれだけ子どもを追い詰めるかや、いかに“課金”して成績を上げるかが重要だと誤解する人もいます。作品をちゃんと読めばそうではないことはわかるのですが、そのフレーズに込めた想いを改めてお聞きしたいです。

 

高瀬志帆さん(以下、敬称略):漫画という媒体の特徴として、作品をヒットさせないと連載を続けられないという部分がありまして、まずはフックのようなものを仕掛けないといけないんです。中学受験自体はだいぶニッチな世界なので、それを『週刊ビッグコミックスピリッツ』という全国で読まれている漫画誌で描く上で、話題性を狙って、取材の中で得た中でも強いワードを選んで使いました。

 

——強烈なフレーズなので、現実の取材の中から出た言葉であることに驚きました!

 

高瀬:ただ、漫画の中でのこのセリフは、既に1月の前受けで上位校に合格してちょっと油断しているような子がいる場で、気を引き締めるために黒木が生徒たちに言ったことであって、親御さんに対して言った言葉ではありません。しかも、母親の狂気というのはお皿を投げるとかそういうことではなくて、たとえ追い詰められた状況になっても親は俳優ぐらいの覚悟で子どもの前では平静を装う、ということ。フレーズだけが一人歩きして、これがすべてと思われてしまっているのは作者としてはだいぶ不本意なのですが、どういう意味なんだろう?と思って読んでもらえたら、というのがきっかけでした。

ヒットの仕掛け

——同じように『二月の勝者』というタイトルもインパクトがあります。

 

高瀬:タイトルも編集さんやさまざまな方から意見をうかがったのですが、“勝者”という言葉はタイトルにつけるには個人的にちょっと躊躇する言葉でした。受験に成功した人=難関校や志望校に合格した人が勝者だと思われてしまわないか、と。ただ、内容を読んでいただければ、どうやら勝者はそういうことではないらしい、とわかってもらえるのではないかと。それが伝わるように一生懸命、描いているつもりです。

 

——連載を続けるためにはヒットさせなければいけないというお話でしたが、作品を描く時は始まりから結末までプロットが決まっていて、だいたいこのくらいの巻数で終わると予定されていると思っていたのですが、実際はそうではないんですか?

 

高瀬:作家さんによって漫画の描き方は様々で、中には連載を描きながら同時に話が降りてくる天才タイプの方もいますが、私はだいたいここまで描けたら、という全体のプロットを先に作ります。連載の継続についても雑誌により様々ですが、読者投票によって人気のない作品は打ち切られるルールのある雑誌や、年間何本の連載を入れ替えると決まっている媒体もあると聞いたことがあります。基本的には売り上げによって物語の途中で終わらざるを得ないケースが多く、むしろ描きたいところまで描ける作家の方が少ないと言っていいくらい厳しい世界です。私も過去に、途中で連載を終わらせなくてはいけないことがありました。その意味で言うと、『二月の勝者』は最後まで描き切れそうでホッとしています。

 

——ちなみに、高瀬さんが個人的に思い入れのある生徒はいたりしますか?

 

高瀬:塾講師の視点で描いているので、肩入れする子は作らないようにしています。塾講師は誰かを特別扱いしてはいけないと思うので。ただ、人気キャラは自然と出てくるので、読者はそろそろこの子を見たいかな、ですとか、この子の結果を期待しているだろうな、と感じることはあります。そこは編集さんと相談しながら描いています。

 

——ちなみに、人気があるのはどのキャラクターですか?

 

高瀬:やっぱり島津くん・上杉くんペアと柴田さん・直江さんペア、あとは前田さんも人気がありますね。ちょっと地味ながら、鉄道好きの加藤くんも人気です。いろんなキャラがいるので、お子さんのいる読者さんは、ご自身のお子さんに似たタイプを応援しているのかな、と感じることはありますね。

 

人気キャラの描き方

『二月の勝者-絶対合格の教室-』©高瀬志帆/小学館

——主要キャラと言えば、保護者の中では島津君の父親が印象的ですが、入試日に島津父が陰でこっそり試験に向かう島津君を見守るシーンがありますよね。島津父を教育虐待した親として悪者にして終わらせることもできたと思うのですが、悪者に仕立てきらなかったというか、このシーンは夫婦の再生や家族関係を見直すきっかけとして描かれているのかなと。それこそ、中学受験離婚は現実にも起こっていることだと思うので。

 

高瀬:おっしゃる通りで、そもそも我が子を傷つけようと思って中学受験を始めた人はいないということをきちんと表現したかったんです。実際に取材していると「どうしてそんなことをしてしまうのだろう」という親御さんのエピソードを聞くこともありました。ただ、やり方が間違っていたとしても、本気でお子さんの将来を考えていた、その気持ちは絶対に間違いないんですね。中学受験する家庭は親が子どもをブランド化したいんだ、というような批判を見かけることもありますが、そうではなくて、自分の子どもに幸せに生きてほしいという気持ちからの発動なんだと思うんです。島津父も我が子のためを思って始めたことだったというのをきちんと描かないと、「やっぱり中学受験はよくないじゃないか」と一方的な批判で終わってしまう。間違ったことをしたのは確かだけど、そもそもどうしてそういうことをしたのか。そうなりかねない部分は誰しも持っているはずなので、そこはしっかり描きたかったです。

 

◉高瀬志帆さんProfile
1995年漫画家デビュー。2017年12月より小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』にて連載を開始した『二月の勝者 -絶対合格の教室-』は好評を博し、2021年10月には実写ドラマ化。2022年には第67回小学館漫画賞一般向け部門を受賞。2024年2月7日ごろ最新20巻発売予定。その他の代表作に『おとりよせ王子 飯田好実』(コミックゼノン/徳間書店)など。趣味は散歩と音楽。Xのアカウント:@hoshi1221

あわせて読みたい

カルティエ ジャパン社長・宮地 純さんの“キャリア作り”『自分に素直であることが、心地のいい居場所につながる』

滝沢眞規子さんの“子育て第2章”「私だって、ずっとお弁当を作っていたいわけじゃない」

【坂井真紀さん・53歳】小6娘の「ママも自分を褒めてあげて」にドキリ

 

取材・文/宇野安紀子 編集/羽城麻子