小島慶子さんがこれから受験生を見守る母たちに伝えたいこととは
エッセイスト、メディアパーソナリティの小島慶子さんによる揺らぐ40代たちへ「腹声(はらごえ)」出して送るエール。今回は「受験」について。
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小島慶子さん
1972年生まれ。エッセイスト、メディアパーソナリティ。2014〜23年は息子2人と夫はオーストラリア居住、自身は日本で働く日豪往復生活を送る。息子たちが海外の大学に進学し、今年から10年ぶりの日本定住生活に。
『これから受験生を見守る母たちへ』
家に受験生がいると、24時間気が抜けません。そんなピリピリエブリデイを過ごしている人も多いでしょう。「本人に合っている学校が一番!」と思っているのに、駅で名門校の制服を着た子を見かけるとつい目で追ってしまう。揺らぐ思いを抱えて、気づけば我が子に要らぬお説教…… つらいですね。どうかどうか、みんないい結果が出ますように。
でもね、もし万が一うまくいかなくても一大事じゃありません。受験で一生は決まりはしないのです。学歴は確かに便利だけど、志望校に合格しても天国行きのグリーン車切符がもらえるわけじゃないし、不合格は地獄へのファストパスじゃない。中年になっていろーんな経歴の人と仕事をするようになると、さまざまな道のりがあるのだなとわかるものですよね。人生ゲームで道が分かれても、3回サイコロ振ったら同じ場所にいたりするじゃないですか。
私、一度聞いてみたことがあるのです。ある大学には、幼い頃に過酷な試験をクリアした付属校から入った子どもたちと、大学入試から入った若者たちが一緒に通っています。地方出身の秀才さんに聞いてみました。「あのう、付属校から来た人ってどう見えるんですか?」するとその人は(穏やかで素直な人です)「うーん、お金持ちで大事に育てられてて、勉強はそんなに得意じゃない人たちって感じですかね」。衝撃です。東京ではそこに合格したら神とまで言われているような付属校が、はたから見たらそんなものなのです。
一生自慢できるブランドが手に入ると思うかもしれないけど、そんなのを一生自慢する人生は哀しいじゃないですか。それより、どこの学校を出たかなんて忘れて生きていける方がよほど自由です。だって広い世界には星の数ほど学校があるんですよ。海外で学校名を言っても相手は大抵「はあ?」ですよ。それより、何一つ肩書きを言わないでも、言葉すら通じなくても「ああこの人は知的で信用できる人だな、一緒に仕事したいな、もっと話を聞きたいな」と思われる人になるのが最強です。どこでも生きていけます。
正真正銘の親バカになりましょう。我が子は唯一無二。この人は最高にすてきなので、学校名で盛らなくても大丈夫! と信じるのです。私と夫はまさにそれで、揃って真性親バカです。考えてもみてください。子どもにとったら、世界にたった一人でも自分をそんなふうに信じてくれる人がいるって、どんな学歴よりも心強いでしょう。
もしも地獄があるとしたら、それは「この道しかない」と言われる人生です。なんであれ選択肢が1個だけって、きついですよね。天国は選ばれしものだけが行ける場所ではありません。誰でも「ああもこうも選べる」世界こそが天国なのです。これがダメならあれ、失敗しても他にやりようがあるさ、っていつも思えたら安心この上ない。極楽です。我が子がどうしたらそう思える環境に出会えるか、と全霊で考えるのが親切というものです。
万物流転。変わらないものなんて何一つありません。あなたが受験した頃に滑り止めの滑り止めだったような学校が、20年経ったらぶっちぎりの難関校に生まれ変わっていたなんてこと、ザラでしょう? かつて誉高かった大学が今や不人気とか、少子化で消滅しちゃうことだってあります。就職もそう。リーマン・ブラザーズだって誰も潰れるとは思っていませんでしたから。ここなら終生安全なんて場所はないのです。病気になるかもしれないしね。
だから、「この道しかない」は危険なんですよ。社会はああもこうも生きられるように作らなくちゃいけない。人もああもこうも生きられるように、幾つもの視点を持つことが大事です。思い通りにならなくてもそれなりにやりようを見つけられる、柔軟な発想ができるように。上手に助けを求めることができるように。それを阻むのが「この道しかない」です。
だから学びは大切なんですね。知らなかったことを知る喜びや、視点を色々に変えてものを考える力が、人を新しい場所に連れて行ってくれます。学校には、他人よりもエラいスペック(スペシフィケーション…仕様書)を手に入れるためではなく、生まれつき持っている自身のスペックを読み解くために通うもの。学校でなくても、それを見つける機会は無限に、死ぬまであります。知らなかったことを知る、自分が変わる、世界の見え方が変わる。その知の旅こそが、学ぶということです。だから、どうか「合格しかない」なんて思い詰めないで。
ベランダの植物も、じーっと気にしてつつき回しているとあんまり元気に育ちません。ちょっと忘れててある日ふと見ると、すごく生き生きしている。好きに伸びていいよ、って言ってあげましょう。親だって、子どもの仕様書に何が書いてあるか知らないんだから。さぁご一緒に、レッツ親バカ。「受かっても落ちても、人生はやりようがあるよ。君なら大丈夫」って本気で言ってあげてください。大人だって、そう言われたいもんね。
文/小島慶子 撮影/河内 彩 ※情報は2024年12月号掲載時のものです。
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