日本は男の性欲に甘い社会、「コントロールできない」と昔から聞かされ洗脳されてきた【上野千鶴子のジェンダーレス連載vol.21】

進みつつあるジェンダーレス社会について、私たち親は、娘や息子たちにうまく説明できるでしょうか?ジェンダー研究の第一人者に聞きます。

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STORY編集部ライター東理恵:以前に「吉原遊郭」の話をお聞きしましたが、日本中に「遊郭」のような場所がありましたよね。私の出身の大阪にもありましたし、編集担当Tさんの沖縄にもあったり……

上野先生:編集担当のTさんは沖縄出身ですが、その場所は知っていましたか?

編集T:学校でも教えてもらっていなかったので、全然知らなかったのですが、友達に「この辺にあるんだよ」とか、親戚に「ここだよ」と教えてもらって初めて知りました。ただ、一目ではわからないような街並でしたね。

上野先生:沖縄では『辻村(チージムラ)』という場所などに、琉球王朝時代から遊郭が置かれ、そこの遊女たちのことを「ジュリ」と呼んでいました。「ジュリ」という漢字は「尾類」と書きます。人間扱いされていないといなかったということがわかりますよね。遊郭の歴史なんて、学校で教えませんよ。
なぜ私が知っているのかというと、辻で育った女性と知り合いだったからです。辻については誇り高いエピソードがいくつか残っています。戦時中日本軍が沖縄に進駐した際、辻を軍隊に対して慰安所として提供しろ、と要求したところ「格式が高い場所なのでできない」と断られたと聞きました。一般人はなかなか行けない場所だったとか。

最近、昔と変わったと思うところは、風俗へ通っていると堂々と自慢そうに言う男たちがいなくなりました。あいかわらずそんな場所へは行きますが、こそこそ恥ずかしそうに、妻や恋人にも隠して行くようになりましたね。

:確かに自慢する男がいなくなった。逆にそれが恥ずかしいと思える時代になってきましたよね。それはいい風潮ですよね。そんな風潮になってきたのはいつぐらいからですか?

上野先生:性売買や性暴力に対する社会の目が厳しくなり、昔は当たり前だったことが今は当たり前ではなくなりました。そんな風潮になってきたのは、1958年に「売春防止法」が施行されたあたりからでしょうか。ですが、この法律は業者と性労働者を処罰するが、買春客を免責する欠陥だらけの法律でした。建前上、性売買は禁止でしたが、それを補うようにそれ以前からあった風営法で骨抜きになり、本番さえなければなんでもあり、本番も「本人同士の合意」という抜け道のもとに放任され、今日のような性産業の拡大を招きました。日本は実質的に「売買春自由化」の国と言ってよいくらいです。

本格的に変わってきたのは70年代~80年代にかけて。今でいう大炎上した出来事がありました。「海外セックスツアー」をご存じですか?

:「海外セックスツアー」ってなんですか、それは!全く知りません!

上野先生:1958年に国内で公認のセックスワーカーが廃止されたあとも(実はその名残りは日本の各地にありますが)、韓国や台湾では性産業が公認されて外貨を稼いでいました。1960年代以降の高度成長期に、それを目当てに会社や農協のおっさん団体が慰安旅行で韓国や台湾に「買春ツアー」に行っていたのです。それに韓国の女性たちが怒り、日本に「経済侵略だけでなく、性侵略だ!」と声をあげました。日本から男性団体客が来ると空港で待ち受けて、抗議のプラカードを持ってデモをしたのです。それを受けて、日本の女性団体も、送り出しの日本の空港で「セックスツアー反対!」のプラカードを持ってデモをしました。

その後80年代にエイズが流行し、海外セックスツアーで異性間感染してくる日本人男性客も増えてきたころ、1991年に日本のエイズ予防財団が海外ツアー客向けに、大変恥ずかしいポスターを作ったのです。これが物議を醸し、大炎上しました!赤いパスポートで目を隠したスーツ姿のおっさんが、半笑いをしている写真に、こんなコメントがついていたのです。「いってらっしゃい、エイズに気を付けて」。どういう意味だと思います?

エイズ予防財団によるポスター

:女性団体に向けて、変な男には気を付けて、という意味ですか?

上野先生:全然違います。セックスツアーに出かける男性旅行者に、エイズに気を付けて、という意味。だから日本の男が「海外でヤル」ことが前提で、「安全にヤッてきてね」という意味のメッセージになっていたのです。

:え~!男の人は海外でそういうことをしてもいいよ、ということですか!?

上野先生:はい、そういうことです。当時の会社員の妻たちは、海外出張に出かける夫のスーツケースにコンドームをしのばせるのがたしなみ、とも言われたものです。海外でもらってきた性病を感染(うつ)されて苦しむ妻もいましたしね。ひどい時代でした。

:信じられないです!自分の父親世代、今の80代あたりですよね……。

上野先生:そのとおりです。フィリピンでは日本の男の遺伝子を持ったジャピーノがたくさんいるといわれます。日本の男たちは現地の女性を捨てたり逃げ隠れしたりしましたから、ジャピーノの子どもたちは父親探しをしています。
その後、日本の男が海外へ行きセックスをして帰ってきていた流れが逆流して、外国の女性たちが円高日本へ出稼ぎに来るようになりました。かつては日本は「からゆきさん(唐行きさん)」と言われる海外出稼ぎ売春婦の輸出国だったのに、今度はアジアの出稼ぎ女性たちが「じゃぱゆきさん」と呼ばれるようになりました。各地にフィリピンバーやタイバーができ、そこに通う日本人男性との間の国際結婚も増えました。
私は当時、タイの女性から言われた言葉を今でも鮮明に覚えています。「あなたたち日本の女が家父長制の犠牲者になりつづけているおかげで、そのツケが私たちに回ってくる」と。痛い言葉でした。
こういう歴史は学校では教えてくれません。ここまで来るのにどんな道筋をたどってきたか、知ることは大事ですね。

:今の時代にこんなことがあったら離婚理由になりますよね。昔から男性の性欲はコントロールできないといったことを女性も聞かされ、洗脳されていたような気もします。

上野先生:おっしゃる通り、日本は男の性欲に甘い社会です。「男はそれをガマンできない」とか、「男の性欲はコントロールできない」というのは「性欲神話」です。それではまるで、男は性欲の奴隷みたいじゃありませんか。性欲はいくらでもガマンできますし、ガマンしたからといって健康に何の影響もありません。ガマンできなかったら、自分でマスターベーションすればいいだけです。

:そういえば、今、女性用風俗が人気になっています。電話やネットで女性が予約するのですが……、ご存じですか?

上野先生:どのぐらいの規模でこの産業が成り立っているのでしょうか。性産業全体の規模から言えば、やはり圧倒的に男性用風俗が優位でしょう。女性用風俗にニーズがあるのは、男がどれほど女性を満足させていないか、という証でしょうね。

編集T:私の知人も夫がいるのですが、女性用風俗へ行っていると話していました。夫とのセックスが満足できないから行くとか……。女性用風俗では、とても丁寧にされて、要望が話せるそうです。

上野先生:夫とセックスについて話せないのですね。そんなにディスコミの相手とセックスだけはできるのですね。夫だけが満足するひとりよがりのセックスや、セックスレス夫婦が多いから「女性用風俗」が人気なのかも知れませんね。日本女性のセックスライフのQOLがいかに低いか、です。
いくつかのセックス調査で、既婚の異性カップルに比べて、同性カップルと婚外セックスのほうが性行為にかける時間が長く、満足度が高いという結果があります。既婚女性の満足度は最も低く、結婚したら男はこんなに手を抜くのか、と思います。国際比較をしたら、セックスの満足度も頻度も質も量も、日本のカップルは極めて低いことがわかっています。

:また、性犯罪も法律が制定されて、良い方向に進んでいきましたよね。

上野先生:性暴力に関する社会的な許容度がとても低くなりました。以前までは、レイプされたとしても暴行や脅迫によって逆らえない状態での性交だった場合のみ「強制性交等罪」が成り立っていました。
それが去年の刑法改正で「不同意性交罪」へと変わりました。性暴力被害者など当事者を含む女性の運動が変えさせたのです。「NOを言えない状況も暴力です!」と。その結果、「NOと言いたかったけど言えなかった」という女性の言い分が通用するようになりました。加害者は「僕は暴力をふるっていない、相手はNOと言わなかった」と主張する傾向があります。
私たちの世代はセクハラはあってあたりまえ、さんざんイヤな思いをしてきましたが、編集担当のTさんの世代はだいぶ過ごしやすくなりましたか?

編集T:会社でもセクハラ防止研修はあり、部下の女性とは密室で2人にならない、必ずドアを開けること、なども指導されているそうです。

上野先生:私たちが40年かけて変えてきました。セクハラ研修の対象も180度変わりましたね。以前は被害者になる可能性の高い女性側が研修の対象だったのに、今では加害者になる可能性の高い男性側、しかも管理職以上が、セクハラ研修の対象になるようになりました。悪いのは男性ですから、あたりまえですね。

:昔のオヤジの「海外買春ツアー」の話を聞いて今を考えると、本当に良い時代になってきたと実感しますね!

上野千鶴子

1948年富山県生まれ。社会学者。京都大学大学院修了、東京大学名誉教授。東大退職後、現在、認定NPOウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長として活動中。2019年東大入学式での祝辞が大きな話題に。『おひとりさまの老後』や『在宅ひとり死のススメ』など著書多数。2023年に上野千鶴子基金を発足。

取材/東 理恵

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