【続】フォロワー20万人超え「選択的シングルマザー」の正体――元・港区女子の人生編集術

「港区女子」。それは何かと世間の好奇心を煽る存在。

彼女たちは一体どんな女性なのか? そんな議論が度々上がるけれど、港区で暗躍する素人美女、パパ活女子、あるいはラウンジ嬢など……「港区女子」の意味合いや捉え方は人それぞれ。

そして謎に包まれた彼女たちにも時間は平等、歳をとる。港区女子たちは、一体どんな着地をしているのだろうか。現在アラフォーとなっていると思しき元港区女子たちの過去と現在に迫る。

※この物語は実際の出来事を元にしたフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

▼前編はこちらから
売れないグラドルから、港区の選ばれし女へ――西麻布で“女子アナ”を蹴落とし始まった下剋上

▼そのほかのお話、連載はこちらから
『サヨナラ、港区女子』

媚びないお姫様

「君は、こんなとこに長くいないほうがいいんじゃない?」

上から目線なのに、不快じゃない。すっかり私の常連客となった東堂さんがそう言ったとき、私は目を細めて答えた。

「……そうですね。私も、そろそろ卒業したいと思ってたところです」

その瞬間、彼はまるでゲームをクリアした少年のように目を光らせことはよく覚えている。

その後私は彼に呼ばれ、銀座のとある鮨屋に連れて行かれた。

名前も看板もない紹介制のカウンター。しんとした空間に、包丁の音と湯気が立つだけの静謐な世界だった。

「こういう場所のほうが似合う女だって、わかってたよ」

彼はそう言って、私のグラスに深い色の赤ワインを注ぐ。口調は穏やかだけれど、どこか試すような視線だった。私は微笑んで、ワイングラスの脚にそっと指を添える。彼の世界は、まるで映画のようだった。

そこに溶け込むために、私は媚びないと決めた。

選ばれることは、媚びることじゃない。ただ自分の価値を信じ、彼の望むお姫様を演じることだと直感が伝えていたのだ。

勝利の妊娠

妊娠を告げた東堂さんの反応は、思ったよりあっけなかった。

「そうなんだ」

その一言のあと、彼は少し黙って赤ワインをひと口含み、まるで投資先を吟味するような目つきでグラスの中を見つめながら言った。

「じゃあ、環境を整えよう」

驚きも、喜びも、困惑もない。でもその淡々とした受け止め方から、むしろ本気が感じられた。

「認知はできないけど、育児も生活も問題ないよ。うん、君に産む覚悟があるなら、ね」

私は身体が静かに震えるのを必死で隠していた。怖さでも戸惑いでも嬉しさでもない、“勝った”という手応えで。

“選択的シングルマザー”

用意されたのは、代官山の低層高級マンションだった。都心とは思えない静かな場所で、ガラス越しに緑が揺れる。

週2回の家事代行、子どもが生まれてからは専属のベビーシッター。インターナショナルスクールの入園金も、将来の教育資金も、すべて彼の名義で整えられた。

「俺と付き合ったら、一生面倒見るよ」

当初の東堂さんのその言葉に、偽りはなかったのだ。

妊娠がわかってすぐ、私はInstagramのアカウントを非公開にし、過去の中途半端な投稿をすべて削除した。

そして安定期に入ってから、「AKI +」として新しいアカウントを立ち上げた。最初に投稿したのは、白いシャツワンピースでお腹をさする横顔の写真。キャプションには、こう書いた。

「生まれてくる命と、ふたりで生きる決意をしました。強くなります」

父親のことは一切書かず、タグには #選択的シングルマザー #会社経営 #女性の自立、そんな言葉を並べた。

嘘はひとつもない。でも、真実もほとんど書いていない。

出産後、アカウントは急激に伸び、フォロワーは20万人を超えた。あれだけダメ出しばかりされていたグラビア時代のポージングの練習が今になって効いてきたのだ。色気とはすなわち、覚悟の問題なのだろう。

「アキプラスさんの媚びない生き方、憧れます」

「育児も仕事もあきらめない姿に背中を押されて、私も起業しました」

「“誰のものでもない母でいたい”という言葉に、涙が出ました」

DMには、そんなメッセージが続々と届いた。

成功したのは、誰?

同時に、東堂さんの資金で始めたエステサロンも「ママでも働ける場所」として注目された。ジュエリーやバッグでなく事業をねだったのは正解だった。

機嫌を良くした彼は惜しみなくコネを使って業績を上げてくれ、私は想像以上の収入を得ることができた。最近は出版の話まできている。

でも、ときどき、ふと引っかかる。

誰かの憧れである“AKI+”と、本当の自分とのあいだに距離を感じることがある。これは本当に、私の人生なのだろうか?

ある日、言葉を覚えたての息子が突然言った。

「ねえママ、パパってなんでいっしょにすまないの?」

頭の中で用意していたはずの言葉が、一瞬にして全部どこかへ飛んだ。私はうまく答えられず、笑顔を作り、アンパンマンのおもちゃを手にして息子の意識を逸らしながら小さな胸の痛みに耐えた。

その晩、何枚も撮った写真の中の私は、まるで生気が感じられなかった。

無理に加工すればするほど、作り物に見える。先日行った美容クリニックでヒアルロン酸を入れすぎただろうか。

結局、その日の投稿はやめた。

編集された“港区のミューズ”

久しぶりにラウンジ時代の友人に会った夜、彼女は少し皮肉っぽく笑って言った。

「すごいね、“港区のミューズ”。今や育児界のインフルエンサー?」

冗談めかしていたけれど、その裏にあるものも感じた。“愛人上がりのママ”という視線が、社会のどこかにあるのも知っている。

けれど、私はもう引き返すつもりはなかった。

愛人ではなく、“選択的シングルマザー”という肩書きの人生で、私は勝ったのだから。

――いい女は、人生の編集がうまいんだよ。

かつてのラウンジで一度相手をした、とある有名作家が言ったその言葉をよく思い出す。

私は今、私の人生を誰よりも上手に編集していると思う。

たとえその原作者が、東堂さんだったとしても。

▼次回、亜紀の現在とは・・・

小説/山本理沙
作家・コラムニスト。ミモレ、現代ビジネス、東京カレンダーWEBなどで人気連載を多数執筆。『不機嫌な婚活』(講談社)や2022年にドラマ化された『恋と友情のあいだで』(集英社)など、東京で生きる女性のリアルな心情を描いた作品が話題に。Podcast「ママの休憩所」も好評配信中。

イラスト/黒猫まな子

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