「有名校じゃないのに…」30万人に崇拝される“港区ママ”インフルエンサーが、“負けた女”の娘に抱く嫉妬の正体
「港区女子」。それは何かと世間の好奇心を煽る存在。
彼女たちは一体どんな女性なのか? そんな議論が度々上がるけれど、港区で暗躍する素人美女、パパ活女子、あるいはラウンジ嬢など……「港区女子」の意味合いや捉え方は人それぞれ。
そして謎に包まれた彼女たちにも時間は平等、歳をとる。港区女子たちは、一体どんな着地をしているのだろうか。現在アラフォーとなっていると思しき元港区女子たちの過去と現在に迫る。
※この物語は実際の出来事を元にしたフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません
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『サヨナラ、港区女子』
代官山の朝、完璧な私
代官山の朝は、静かだ。
石造りのゲートを抜けて緑が揺れる並木道を抜けると、広々とした中庭が広がる。外の喧騒とは無縁の、完璧に整えられた私的空間。芸能人や海外のエグゼクティブも多く住む、贅を極めたマンション。
ラグジュアリーブランドの紙袋を提げた女や、毛並みの整った犬を連れた女がすれ違う。誰もが自然体を装っているけれど、どこか同じに見える女たち。
上質なファッション、絶妙な整形顔、年齢不詳のヘルシー感。パートナーの姿は見かけないのに、子どもはいる。表立って話すことはないけれど、そういう“似た者同士”が、不思議なことにこの建物にはたくさん住んでいる。
私もその1人として、何気ない顔で溶け込んでいた。
黒のサングラス、ノースリーブサマーニット、上質な麻のジャケット。「自然な色気がある」それが私の装いの編集方針だ。
30代半ば。気づけばフォロワーは30万人にまで伸びた。毎朝7時に投稿を上げ、コスメブランドとのタイアップをこなし、10時には表参道のエステサロンでスタッフと打ち合わせ。昼過ぎには息子のインターのお迎えと習い事。
SNSの中で、私は完璧なワンオペ育児のロールモデルとして機能している。
「いつ見ても綺麗」「ブレない世界観が好き」
褒め言葉が届くたびに、胸がすうっと持ち上がる。しかしすぐに、その手応えは冷めていく。
私がこの数年かけて築き上げた「AKI+」という存在は、誰かにとっての憧れであり、安心であり、そして幻想だ。幻想が成長するほど、現実の私はそれに引っ張られる。
それでも、やめられない。
息子の寝顔を見ながら、勝ったのは誰なんだろうと、首をかしげたくなる夜がある。
「勝った」はずなのに
長らく恋愛をしていない。正確には、できないまま時間が過ぎていった。
仕事の食事会で、教育関係のスタートアップを立ち上げた男性に出会ったことがある。物腰が柔らかく、子どもへの考え方も似ていて、久しぶりに心が動いたと思った。
後日ふたりでカフェへ行ったとき、彼がふと私の投稿に触れ、「すごく世界観がしっかりしてますよね。あれって、自分で全部考えてるんですか?」と聞かれた。
「はい、まあ……私の言葉かな」
嘘を言っているわけではないのに、内心ざわついた。
“AKI+”を褒められても、私を見てもらえた気がしなかった。何度か食事はしたものの、自然とやりとりは途絶えた。
でも、本当の理由はたぶんそれじゃない。私の後ろに、東堂さんの影があるからだ。
今でも彼は、週に一度は息子に会いに来る。「本当に可愛いよな」と目を細めて、嬉しそうに写真を撮る。
彼なりの愛情表現には感謝している。東堂さんを嫌っているわけじゃない。でも、一生彼と人生を編集し続けるのは、やはり無理があると思ってしまう。
でも私が選んだ“勝利の人生”には、確実に彼の存在が組み込まれてしまっているのだ。
少し前に、東堂さんが倒れたと連絡が入った。
命に別状はなかった。けれど病院で点滴を受ける姿の写真が送られてきたとき、乾いて弱った細い腕を目にして、ふと胸に冷たい風が吹いた。
「この関係、いつまで続くんだろう」
ふだんは見ないふりをしていた問いが、現実味を帯びて迫ってくる。
この日は何度自撮りをしても笑顔が決まらず、無理やりフィルターを重ねて投稿した。
──自分を大切にできる人は、きっと誰かも大切にできるから。
そんなキャプションを添えて。
舞台を降りた女
由利のInstagramに辿り着いたのは偶然だった。
たまたま息子のアクティビティで知り合ったママがタグ付けしていた投稿を見ていたら、彼女のアカウントが現れたのだ。
昔はよく見ていた由利のInstagram。かつては東堂さんにもらったジュエリーやホテルステイの写真を見苦しいくらいに投稿していた。東堂さんと別れたあとも、あの女は無理にセレブ生活を装っていた。あの頃の彼女は過去の遺産でなんとか食いぶちを繋いでいるように見え、私は意地悪く心の中で嗤ったものだ。
でも、ひさしぶりに目にした彼女の投稿に、そういったものは一切消えていた。
手作りの餃子プレート、洗いざらしのTシャツ、寝ぐせのついた子どもの頭。
最新の投稿には、小さな制服姿の女の子が映っていた。見たことのない小学校の制服。都内で名の知れた有名校ではないはずだ。
でも、由利はその写真に「夢がひとつ叶った日」とだけキャプションを添えて、満面の笑みを浮かべていた。
隣に写るのは、いかにも育ちの良さそうな顔をした男。何てことないスーツ姿に、緊張感のない表情。苦労を知らないのが人相にそのまま出ているタイプ。
それでも家族写真の中の由利の笑顔は、どこまでも穏やかだった。ライティングも構図も甘い。なのに、妙に目を惹く。
――舞台を降りて、楽になった女の顔だ。
彼女の笑顔から目を逸せないまま、そう理解した。
私には、もう“降りる場所”がない。選ばれた栄光を背負ったまま、私はまだこの舞台の上に立ち続けている。
スマホを伏せ、ふうっとひと息ついた。明日の投稿は、どうしようか――。
スキンケアの棚に目をやる。新しい美容液を撮るなら、朝の光がいい。冷蔵庫の中には、パプリカと鶏むね肉。今日の夕食はヘルシー寄りでまとめよう。
息子は明日、バイオリンのレッスンがある。送迎のついでに、新しい幼児教室の見学も予約した。知る人ぞ知る有名塾で、コネがないと入れないので根回しが面倒だった。
そう。舞台に立つ限り、この世界は止まってくれない。私は走り続けるしかない。
だって私は、勝ち続けているから。
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【続】港区女子、最終章── 理想を叶えたシングルマザーが、パパの「老後も一緒に」の言葉にゾッとした夜
小説/山本理沙
作家・コラムニスト。ミモレ、現代ビジネス、東京カレンダーWEBなどで人気連載を多数執筆。『不機嫌な婚活』(講談社)や2022年にドラマ化された『恋と友情のあいだで』(集英社)など、東京で生きる女性のリアルな心情を描いた作品が話題に。Podcast「ママの休憩所」も好評配信中。
イラスト/黒猫まな子
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