「かつてマミートラックを経験」ABEMAプロデューサーが“女性視点”のニュース番組を作る理由

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ABEMAのニュース番組、『わたしとニュース』の指揮をとるプロデューサーの溝上由夏さん。働くことも子育ても全力でこなすはずだったのに思うようにはいかなかった経験。そして、ニュースは誰の視点で選ばれているのかという問い。今、彼女がこの番組を作る理由を伺いました。

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家族のコトバ

同僚キャスターからのコトバ
一緒に番組作りができて
楽しいです!

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『わたしとニュース』『ホンマのホンネ』を作る心強いメンバーと。(左から)外山 薫さん、本間智恵さん、溝上さん、大島はるかさん。

2025年11月、ABEMAでスタートした『わたしとニュース 〜そのモヤモヤ、話せば世界が変わるかも。』。メジャーなニュース番組では深掘りされにくい、けれど確実に日常に潜んでいる課題、特に女性が生活のなかで感じている違和感を“女性の視点から”伝える番組です。

第1子育休明けに
マミートラックを経験

テレビ朝日に入社したのは2005年、報道局社会部に配属。女性も男性も関係なく24時間365日対応することが当然とされていました。警視庁担当として、深夜の張り込み、早朝、24時間を越える泊まり勤務。記者クラブのシャワー室は男女共用。それでも当時は、それが「普通」だと思っていましたし、仕事は刺激的で、充実した日々でした。

転機は2011年、長女を出産したときです。夫は大阪で大学院生として研究を続けており、実質ワンオペ育児。話し合ったうえでの選択でしたし、体力にも自信があった私は「育児が加わっても、きっと何とかなる」と深く考えていませんでした。けれど、最初に直面したのは保育園探し。当時はまだ圧倒的に保育園が足りなかった時代。自治体の窓口で別居婚の事情を説明すると、「やむを得ない事情があって別居しているわけではないから、単身赴任ポイントは付きません」と言われたのです。夫は学生で、私が働かなければ生活は成り立たない。なぜ私が働かなければいけないのか、夫はどんな研究をしているのかなど必死に書類やレターをかき集め、保活に奔走しました。

職場復帰後さらに現実を突きつけられます。夕方のニュース番組『スーパーJチャンネル』へ異動し、ディレクターに。延長保育を使えば働けると思っていましたが、現実は甘くありません。子どもは頻繁に熱を出し、保育園からの呼び出しが続く。いつ帰ってしまうかわからないディレクターに、重要な仕事は任せられない。結果として、回ってくるのは補助的な業務でした。いわゆる「マミートラック」。やりたい仕事から遠ざかっていく現実。悔しくて、それでもどうすることもできませんでした。

娘が4歳になる頃、週に2〜3回ベビーシッターを利用して働く時間を延ばす決断をし徐々に仕事でのやりがいも取り戻しました。そのとき夫に言われたコトバがあります。「働く時間を延ばす決断は応援するし賛成するけど、今感じているフラストレーションは、忘れないほうがいいと思うよ」。当時は、直接的な当事者でもない夫に何がわかるのかと内心イラッとしました。でも後になって、その言葉の意味を理解することになります。

長女からのコトバ
…おもしろいんじゃない?

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第2子出産後の育児休暇を短期間しか取らなかったのは、シッターさんがいるのが当たり前という環境で子育てをしたかったから。長女のときにベビーシッター利用を躊躇したことへの後悔がありました。

第一子育休復帰後の溝上さん
第一子の育休から復帰し、ニュース番組で保育園待機児童問題を取材していた頃。
日本女性記者協会の立ち上げメンバー
2025年「日本女性記者協会(JWJA)」発足。立ち上げメンバーは世代は違えどフラットな関係。
ドキュメンタリー番組で取材をした故・赤松良子さんと溝上さん
ドキュメンタリー番組で取材させて頂いた故・赤松良子さんと。「男女雇用機会均等法」制定の中核となった元労働省官僚。取材当時92歳。

ニュースの価値とは?
見えてきた作りたい番組

仕事と子育ての両立は思うようにはいきませんでしたが、得たものがあります。子育てをする身になってから感じた、ニュースとして伝えたい、新しい視点です。自分自身が苦労した経験から、待機児童問題を何度も企画として提案。ただ「視聴率が取れないのでは」「働く女性以外には刺さらない」と次々とボツに。2012年当時、まだ社会問題として十分に認識されておらず「働きたい女性のわがまま」という空気さえあったのです。2013年、杉並区で保育園に入れない保護者たちが区役所に抗議していることを知り、取材を始めました。そこで見えてきたのが、自治体ごとに異なる待機児童の定義。子どもを預けたくても預けられない親が実はもっと多く存在し、キャリアを諦めているママがいる。それを「隠れ待機児童」という新たな言葉を使って報道しました。この言葉はSNSで大きく拡散され、『報道ステーション』でも取り上げられ、他社も追随、新聞の一面を飾るまでになります。けれど、ニュースルーム内での評価は決して高くありませんでした。事件や政治をスクープすることに比べ、子育てや生活に根ざしたテーマは軽視されがち。その証拠に取材現場で顔を合わせる他社の記者、ディレクターは、いつも同じ顔ぶれでした。

2017年、長男を出産し、産休と2週間の育休を経て仕事復帰。その後、デスクへ昇進しました。現場を走り回ることは減りましたが、ニュースの価値判断に関わる立場になれたことは好機でした。2023年、埼玉県議会で「小学3年生以下の子どもの短時間の留守番や子どもだけの登下校は『放置』による虐待として禁止し、県民に通報を義務付ける」通称「お留守番禁止条例」が可決されそうになったとき。通勤中に情報を知り、すぐに取材を指示。「お留守番は虐待ですか?」という取材班の問いに、県議会議員が「はい」と答える映像はSNSで瞬く間に拡散され、条例は翌週撤回されました。テレビはマスに向けたメディアであり、視聴率も重要な要素です。でも同時に、ニュース番組の役割は、ただ今日起こった出来事、大きなニュースだけを伝えることだけではないと、強く感じるようになりました。社会のなかで起きている課題をすくい上げ、問題として提示し、それをきっかけに多くの人が考え、語り合う。その積み重ねがやがてムーブメントとなり、社会が少しずつでもより良い方向へ動いていく。だからこそ、誰が、どんな価値判断でニュースを選んでいるのか。その「意図」は、これまで以上に問われるべきだと思うようになりました。

それを具現化したのがABEMAの『わたしとニュース』。この番組は女性だけのための番組ではありません。ただ今も報道の現場は、テレビも新聞もまだ男性中心。意思決定層に女性が少なく、女性の視点が番組に反映されにくい構造があります。だからあえて女性が社会で感じている違和感や疑問を、ニュースとして正面から扱うことにしました。例えば「川一本で子育て支援激変“多摩川格差”に悲鳴」「妊娠時の“つわり薬”日本で開発へ」など。番組キャスターのひとりである本間智恵さんとポッドキャスト配信している「ホンマのホンネ」も、女性同士でニュースをワイワイ語る場を作りたいという思いから生まれたもの。彼女は、自分の意見をきちんと言葉にできる人で、着眼点もとても面白い。以前から、彼女が自由に語れる場所を作りたいと思っていたので、『わたしとニュース』を立ち上げると決まったとき、真っ先に顔が浮かんだひとりでした。番組作りの過程で、率直に意見を伝えてくれる彼女から、「作る段階から関われて、一緒に番組を作ることができて楽しい」と言ってもらえたとき、描いてきた番組の方向性は間違っていないと私の背中を押してくれました。能力を生かしきれていない女性は、業界にまだいるはず。一緒に番組を作る仲間を今も必死に探しています。

からのコトバ
マミトラへのフラストレーションは
忘れないほうがいいよ

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夫は、現在も関西の大学で社会学の准教授として教壇に立っているので別居婚ですが、よく仕事の相談にのってもらっています。

次の世代が同じように
苦しんではいけない

そしてもうひとつ、2024年11月に一般社団法人「日本女性記者協会」を立ち上げました。韓国の女性記者たちが社を超えて強く連帯している姿に刺激を受け、日本でも同じようなネットワークが必要だと感じたからです。設立メンバーは6人、現在は20代から60代まで約70人が参加しています。目的は、メディアの意思決定におけるジェンダーバランスの是正。そして、女性記者が孤立せず、辞めずに働き続けられる環境を作ることです。マミートラックに苦しんでいた頃、夫が言ったあのコトバ。個人として乗り越えられても、忘れてはいけない経験がある。後輩たちが同じ苦労をすることを看過してはいけない。理不尽な状況への怒りは、次の行動を生むエネルギーになっているのだと、いま感じています。

息子はまだまだ甘えん坊ですが、中学生になった娘は反抗期真っただ中で、ほとんど口をきいてくれません(笑)。それでも数年前、私が制作したドキュメンタリーを見て「面白い」と言ってくれました。『女性議員が増えない国で』という作品で、男女雇用機会均等法の成立に尽力した赤松良子さんらを追ったものです。娘の世代が大人になる頃、社会はどう変わっているでしょうか。報道の世界にもっと多様な声が響く日まで、私は私の場所から、伝え続けたいと思っています。

溝上さんのHistory

アメリカ留学時代の溝上さん
大学時代、1年間アメリカに交換留学。ドキュメンタリー映像制作を学びました。
第一子出産後は子連れで出産することも
テレビ朝日に入社し、社会部記者として奔走。28歳で結婚、長女を出産。育休を経て仕事復帰しましたが、両立は想像以上に大変で、娘を会社に連れて出社することも。
息子さん出産後はベビーシッターを利用
長男を出産。今度は最初からベビーシッターを依頼し、早期に仕事復帰。外部の手を借りるということが世間的にも浸透し始めていました。
メディア・アンビシャス大賞優秀賞を受賞した際の登壇
22年放送のテレメンタリー『女性議員が増えない国で』がメディア・アンビシャス大賞 優秀賞を受賞。
第1回日韓女性記者フォーラムに出席した溝上さん
「第1回日韓女性記者フォーラム」に出席。刺激を受け、「日本女性記者協会(JWJA)」設立のきっかけに。
わたしとニュースでの溝上さん
2025年秋、ABEMAで『わたしとニュース』の放送開始。

Profile

溝上由夏(みぞうえ ゆか)さん
1981年生まれ。14歳女の子、8歳男の子のママ。2005年テレビ朝日に入社。社会部で警視庁や厚生労働省担当を経て、ニュース番組の制作部に異動。ドキュメンタリー番組『女性議員が増えない国で』が2023年メディア・アンビシャス大賞の優秀賞を受賞。第1回日韓女性記者フォーラム日本側代表として参加。現在は、ABEMAのニュース番組のプロデューサーをしながら、一般社団法人「日本女性記者協会」の立ち上げ、理事も務める。

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撮影/吉澤健太 取材・文/嶺村真由子 編集/中台麻理恵
*VERY2026年3月号「家族のコトバ」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。