【上田竜也さん】とことん落ちて一日動けない日もあった…再び立ち上がる姿
「俺、仕事の面を除いては、40代という自覚はありません」。その言葉の通り、驚きの肉体美と変わらないオーラを放ち続ける上田竜也さん。20年以上ものキャリアの中、幾度もの大変な壁にあたることがあっても、周りの人に救われながら、自分で考えて立ち上がってきた、と語ります。そして今は、自身の経験を後輩に引き継ごうと新たなフェーズに突入。〝半端じゃない意志の強さ〟を持つ上田さんの見据える先に迫りました。
▼関連記事
▶【超速報】上田竜也さん「美ST7月号増刊Special Edition」誌面カットを先行公開!
とことん落ちて、一日中動けなかった日だってある。でも、最終的には「やるしかない」で立ち上がる
大変だったことは定期的にありました。グループのメンバーが抜けた時、もちろん解散する時も精神的にきつかった。去年一番落ちた日は家のソファに座って、気づいたらもう夜だったぐらい落ちて。でもある時に「で、どうする」「俺がこのまま腐ってて誰か得するの?」ってなって、立ち上がるしかないっていう考えにたどり着く。だって自分が辛い時って周りは何も思わないじゃないですか。ファンの方は別ですよ。だから自分で「もっとこうするべきだ」「やりたいことって何だろう」と考えて立ち上がって、そっちを向くしかない。そうやって今まで生きてきました。
俺はよくも悪くも素直というか、思ったことをすぐ言ってしまうタイプ。考えが停滞して「どうしよう、どうしよう」ってなった時は、(堂本)光一くんや(櫻井)翔くんに「ちょっとしんどいです」と連絡すると、「ごはん行こうか」って言っていただいて。話してちょっと楽になって、その積み重ねで少しずつ上がっていって、最終的に「もう、やるしかない」方向になりました。話を聞いてもらえるだけでもだいぶ救われる、声をかけてくれる人がいることが立ち直る材料になっています。
ファンの方も絶対的な味方だと俺は思っているので、だからこそエンターテインメントを通してがっかりさせたくないというのがまず根本にある。自分が何かやることで、ファンの方たちが前向きになってくれたり、応援してよかったと思ってくれるのが恩返しだと思ってます。
後輩から相談を受けることもあります。俺も昔は「誰も信用しない、どうせ他人でしょ」みたいな感じだったけど、いろんなことが重なって、たまたま番組が一緒だった翔くんにごはんに誘っていただいて話した時に「あ、こんな嬉しいことがあるんだ」って気づいたんです。その嬉しさもあって同じことを後輩にしてあげたい。頼られた時はがっつり向き合って、下に引き継げるようにしてます。(中村)嶺亜なんかは多分俺と似ていて、あまり人に頼ることができないと言っていたのが、一緒にフェスをやった時に「相談があるので聞いてくれませんか」と言われて。「全然いいよ」って答えたのがいいきっかけだったみたいで、そこから心を開いてくれましたね。
相談を受ける時は上司みたいな感じです。まず共感して「そうだな。わかる、わかるよ」って。同じ事務所なのでわかることも実際多いですし、「こうしてみたらいいんじゃない?」って。やりたいことが定まっている子には「全然いいじゃん、やりなよ」と背中を押すようにしています。
上田竜也さん
《Profile》
’83年神奈川県出身。’06年にKAT-TUNとしてCDデビュー。自身のソロ音楽活動やハロウィンフェスなどをプロデュースし、アーティストとして独自の地位を確立。俳優としても活躍し、近年は舞台にもコンスタントに出演。
『美ST』2026年7月号掲載
撮影/曽根将樹(PEACE MONKEY) ヘア・メイク/豊福浩一(Good) スタイリスト/野友健二(UM) 取材/中畑有理 編集/浜野彩希
▼関連記事
▶「昔は中途半端だった」上田竜也さんを激変させ“絶対やめない意志”を築いたものとは