小島慶子さん、“裏切るな”と要求するのは愛じゃない。「推し活」の危うさとは

エッセイスト、メディアパーソナリティの小島慶子さんによる揺らぐ40代たちへ「腹声(はらごえ)」出して送るエール。今回は「推し活」について。

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小島慶子さん

1972年生まれ。エッセイスト、メディアパーソナリティ。2014〜23年は息子2人と夫はオーストラリア居住、自身は日本で働く日豪往復生活を送る。息子たちが海外の大学に進学し、一昨年から10年ぶりの日本定住生活に。

『推し活の危うさとは?』

好きなことをする時間、ありますか? 貴重な自分だけの時間。今の私なら、お茶やお能や書のお稽古かなあ。うんと詳しいわけでもないのについ「お能って面白いんだよ!」などと熱く語ってしまうことも。すると大抵「へえ、渋いね! 誰か推しの役者さんはいるの?」と聞かれるのですが、実は……思い切って言います。私、「推し」っていう言葉が苦手なんです(ごごごめんなさい)!!

「推し」は、元々はアイドルファンの間で、自分が好きなメンバーを推薦して人気投票の順位を上げるなどの意味合いで使われ始めた言葉だとか。AKB48の流行を機に世間に広まったようです。お気に入りのメンバーを人気投票で一位にするために握手券入りCDを大量購入するなど、ファンの感情を効率的に消費に繋げる仕組みは、今もいろんな形でお馴染みですよね。昔からファンはアイドルのレコードを買ったりして応援してきたのですが、いわば消費に権力性を持たせたのが「推し活」です。自分がお金を注いだから、あの子が人気者になったのだ、と思える。SNSなら、自分のフォローや「いいね!」が、あの人に影響力というパワーを与えているのだ、と思える。誰もがパトロン気分になれます。

このビジネスの形は古く、江戸時代の吉原などの遊郭街では遊女の価格表や番付表を作り、序列を可視化しました。身内に売られ多額の借金を背負わされた遊女たちは序列を上げようと売り上げを競い、不自由な身の自己実現を図りました。客は贔屓の遊女の出世のために多額の金を注ぎ込んでパトロン気分を楽しみ、人身売買に加担する遊郭は大儲けができるという仕組みです。

ところであなたは、推されたいですか。ママ友に「あなたは私の1番の推しママだよ!」と言われたら。夫に「俺はずっと君推しだよ」とか言われたらどうかしら。私の場合はですね、あんまり嬉しくないのです。知らない人に「小島さん推しです」と言われても、一応ありがとうとは言うものの、やっぱり違和感があります。人前に出る仕事をしてるくせに感謝しないの?と言われそうだけど、そういうツッコミも含めて、推してますよ告知には親しみを感じません。でも「小島さんのエッセイ読んでます」とか「ラジオ聞いてます」とかは、とっても嬉しいです。同じ人間として話しかけてくれている感じがするから。

誰かを応援してあげるという親切心の底には、自分が相手の地位を左右できるという優越感が潜んでいます。大好きな人のことをオシというのは、その人との関係を「私推す人、あなた推される人」という形で捉えていることの表れですよね。細かいことが気になる私は、はたしてそれは対等な関係なのだろうか?と毎度違和感を覚えてしまうのです。

最近はアテンション・エコノミーという言葉をよく聞くようになりました。ネット空間では、人の注意力(アテンション)が経済的な価値を持ちます。多くの人の注意を引くことができれば、たくさんのお金が手に入る。その結果、噓や差別発言や陰謀論を撒き散らして、大きな影響力を持つ人々が現れました。

私たちは有名インフルエンサーに注意力を搾取されるだけの立場ではありません。SNSでは自分が「いいね!」を押すことで、誰かに力を与えることができます。画面をスクロールしながら無意識のうちに、素敵な写真や動画で注目を集める人々を「面白ければ見てあげるよ、楽しませてくれるなら支持してあげるよ」という気持ちで眺めている。だから好きなアイドルやセレブが自分の望むように行動しないと「ファンだったけど裏切られてショックです。失望しました。フォロー外しますね」などと、わざわざ言わなくてもいいコメントを残してささやかな制裁を加えたりします。人気を与えてやったのに、思い通りにしないなら嫌がらせしてやるぞ、と。自分では純粋に応援しているつもりでも、ご主人様目線になってしまうのです。「推し」という物言いには、どこかそうした心理に通底する危うさを感じます。

好きな人に貢献しようとお金と労力を注ぎ込むうちに、恩を着せる心持ちになっているかもしれない。これだけ愛情を注いであげたんだから報いてくれるよね? 感謝してくれるよね? たくさんお金と時間を使った自分には、そう要求する権利があるよね? と。恋人や親子の間でも、こういうことは起きてしまいます。私は経験があるのですが、そんなふうに親から言われた子どもは、強い罪悪感を植え付けられてしまいます。

ファン心理って、実は相手を見ていないんですよね。自分が頭の中で作り上げた人物像に夢中になっているのです。そしてイメージを裏切るなと要求する。それは、愛ではありません。消費と支配です。好きという気持ちは、相手を一人の人間として尊重し、敬意を払うこと。相手のイメージではなく、その人自身に目を向けること。誰かの応援でも、身近な人との関係でも、とっても大事なことだと思います。

文/小島慶子 撮影/河内 彩 ※情報は2025年12月号掲載時のものです。

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