“元ワーカホリック”パパ社会学者が子育てで気づいた「能力主義の呪縛」とは?
子育てに奔走する日々の中で、「今の私、生産性ゼロ」と落ち込むことはありませんか?そんな時って実は、価値観を豊かにアップデートするチャンスかも。福祉社会学者・竹端寛さんと、ライターで書評家の吉田大助さん。パパであるお二人と共に、ママにとっても根深い「能力主義の呪縛」について考えました。
こちらの記事も読まれています
▶【SHELLYさん】オーストラリアに引っ越して「一番驚いていること」とは?
ワーカホリックなパパ社会学者が伝えたいこと
子育てで気づいた
「能力主義の呪縛」からの解放
元ワーカホリックなパパ竹端さんが感じた
能力主義の呪縛って?
生産性があると社会から承認されたこと(数値化できること、お金が発生することなど)しか「やったこと」にカウントできなくなる状態。たくさんの家事・育児をこなしているのに「今日何もやってない」と感じたら、あなたも能力主義に縛られているサインかも?
『能力主義をケアでほぐす』
竹端 寛著 ¥1,870/晶文社
生産性至上主義社会の中で長く「仕事中毒」だった著者が、子育て=「ままならぬことに巻きこまれる」経験を通じて、自らに内在していた能力主義の呪縛と向き合っていく思索エッセイ。身の回りのエピソードから家族論、教育論、社会制度の在り方についてまで、思いを巡らせていく道標のような一冊。
ままならないこと
ばかりの子育てで、親も
「育ち直す」ことができる
編集部(以下、編) 竹端さんの著書の「家事育児に明け暮れた一日が終わって、『今日は何も出来ていない!』とため息をついている自分に気づいた(中略)それほど、僕自身は業績を出すことや生産的なことしか『出来る』にカウントしていなかったのだ」という一文にいたく共感しました。同時に、実は多くのママたちも、同じように感じていて……ようやく男性も声を上げてくれたという気持ちもあります。
竹端さん(以下、竹端) 42歳で親になるまで僕自身、ワーカホリックでした。執筆して出張して飲み会で関係性作って、仕事の依頼は「ハイかイエスか喜んで」(笑)。子が生まれ、高齢出産の妻は体力が落ち、近くに頼れる実家もない。僕がやらんかったら回らんって事態になって家事・育児に明け暮れるようになり、以前のような働き方は全くできなくなった。そこで最もつらかったのは、家事・育児は非生産的とみなされる、という認識前提でした。それを自分も強く内在化しているから、一日“ケア”で忙しくしていたのに「生産性ゼロ」の自分は「戦線離脱だ」と思ってしまったんです。
吉田さん(以下、吉田) 子どもの寝かしつけで過ぎる数十分。この時間を仕事に使えたら…とつい思ってしまう日々の中で、どうすれば「無意味に思える時間にも意味がある」と言えるのか、腑に落ちるロジックを僕も探し続けています。
竹端 福祉が専門にもかかわらず、育休明けのママの大変さを全くわかってなかったし、自分がその立場になった時、生産性至上主義社会の中では無力のように感じることにやっと気づいた。自分の無力さに気づかないよう誤魔化しながら生きてきたから。
吉田 男女かかわらず、能力主義に囚われている人は多いはず。子どもの食べこぼしを拭き続けても散らかりっぱなしの部屋の中で、これまでの価値観では自分を承認できず、自己肯定感が底辺になったり…。
竹端 僕がここで言う“ケア”というのは「ままならぬものに巻き込まれる」こと。子どもが鼻血出したら「後でね」とはいかずすぐに対応しなきゃいけません。ままならぬものは徹底的に排除し、全てを自分で管理する能力主義とは真逆なんですよね。それに染まっていると、自分でコントロールが利かず数値化できずお金も稼げない“ケア”に馴染めなくて、狼狽する。でも僕はそんな日々を過ごしたからこそ、自分の価値観の暴力性に気づいた。そして子と妻と関わりながら、少しずつ解きほぐされていきました。“ケア”に携わっていると、「成長」ではなく「成熟」していく実感があるんです。上に向かうのではなく深まる伸び方。子育てを通じて、親も育ち直しているという感覚です。
編 “ケア”ばかりの毎日で、自分自身は停滞しているのではとモヤモヤしてしまうけど、成熟していると捉えられると、すごくホッとします。
吉田 高い高いをたくさんできるとか、子どもを抱っこして長時間歩き続けるとか。僕は、自分の身体の頑丈さや腕力が誰かの役に立つんだと、父になって初めて知ったんです。生産的かどうかではない、別の豊かさの世界に気づけるようになりました。“ケア”することで、凝り固まった価値観がほぐされている実感、確かにあります。
能力主義は夫婦関係にも。
「成熟」のために必要なことは
竹端 美容院でいつもVERYを読むんです、ママの本音が垣間見えて面白いから。毎月必ず「私の『新しい時間割り』」を見て、VERYのママたちちょっと頑張りすぎてへん!?って思うんですよね。多くの人がきっといい子で育って、勉強して社会に出て。そんな人が結婚出産して、ちゃんとしてる社会人の役割と共に、今の日本で求められる役割を完璧にこなすのはめっちゃしんどいはず。でも学歴や業績的な能力主義を多少なりとも内在化しているからこそ、親としての役割がこなし切れない時に「自分の能力がないから」って自責思考になっていないかなと。
編 ここ数年で家事・育児を本格的にシェアしているご夫婦はすごく増えましたが、専業主婦、共働きに関わらず、それでも多くは女性が担っているのが現状です。
吉田 竹端家は「家事・育児は半々」だそうですが、半々って難しい。例えば掃除は10点で洗濯は10点、夫婦で同点を目指しましょうみたいに数値化していくと、地獄の釜の蓋が開きますよね。
竹端 家事シェアアプリみたいなの、我が家は一切使いません。その代わり、毎日2人で晩酌しながら対話します。そこでね、これは広く皆さんにお伝えしたいんですけど「対話の目的は、“対話し続けること”」。ゴールなんてなくて、絶え間なく対話することで微調整し続けるしかないんです。
吉田 夫婦になり子どもができて家族というユニットができあがると、普段の会話は子ども絡みの情報交換がメインになりがちですからね。また、一般論ですが男は自分の内面をさらけ出さないくせに、女性の話を聞くとアドバイスしたがる悪癖があるといわれてますし……。
竹端 うちの妻は「ジャストリッスン! 黙って聞いて」って言うので、すごく鍛えられました。アドバイスってともすると何かのフレームに当て嵌めようとすること。ラベリングする社会は生きづらさを増やしてしまう。ただ聞くだけでいいのよね。
編 ただ聞いて心地よい返答をしてくれるから、最近はChatGPTに話すってママも多いです(笑)。
竹端 これまでの多くの女性は社会で求められて育ったこともあり他人に迷惑をかけちゃダメ、みたいな刷り込みも大きい。これは過度な自己責任の内面化から来るもの。でも子育てってままならないもので、それに関わる夫婦は個人単位から、まわりと協力し合っていく関係論的な“ケア”に変わっていく必要があると思います。チームでお互いのパフォーマンスを高め合うために、あかんもんはあかん、と言ってみる。聞く時はただ聞く。対話的関係性を築き、パートナーの唯一無二性を尊重する先に、子どもや自分の唯一無二性を認められるようになる。そうすると能力主義がほぐされて成熟し、生きやすくなるんやと思うなぁ。成長は1人でできるけど、成熟は他者と関わることでしかなし得ません。
吉田 まず聞いて、そのうえで自分も話す。夫婦って、もっともっと目的のない対話をするべきなんですね。子どもとの関係だけでなく、夫婦関係も日々アップデートが必要なんだなと思います。
子どもを巡る能力主義と対峙する
のは、自分自身が試される時
竹端 学歴的能力主義のレールに乗ってきた自分とは違う人生を歩もうとしている子どもを前に、どう育てていいか悩むというパパとママも多いけど、子どもと共に戸惑うしかない。自分の能力主義がほぐされるチャンスを、子どもが提供してくれている。ままならなさに巻き込まれ、子どもと、パートナーと、関係しているいろんな他者とともに不確実な海の中に飛び込んで、少しずつ進んでいく。それがまさに成熟の過程ですね。
吉田 でも、自分の価値観を否定される過程。キツくないですか。
竹端 キツイですよ。僕も娘に、本読んでほしいとか、もうちょっと算数できるようになってとかいっぱい思うことあるけど、それとは違う生き方をしている娘をそのものとして認められるのか、自分自身がめっちゃ試されています。最近僕は娘に「大器晩成」って繰り返し言ってます。本人もその意味を言えるようになってきて「ゆっくり学ぶ人でしょ」って。
吉田 ゆっくり学ぶ人、という捉え方ができているのは素晴らしい。
竹端 臨床心理学の重要人物であるユング曰く「40歳は人生の正午」。それまでは外へ外へと向かう成長段階だったけど、それ以降は自分の影である愚かな部分、ダサい部分と自分の光を統合しながら成熟していく段階、という意味合いです。細かい年齢はさておき、子育て時期ってまさに人生の正午。シフトチェンジのタイミングで、子どもが親にとっての成熟課題を与えてくれるんだよね。難しくてややこしいけど、自分にとってのギフトだと思います。
子育てしていると、「成長」ではなく
「成熟」していく実感がある

竹端 寛さん
専攻は福祉社会学、兵庫県立大教授、1児のパパ
1975年京都市生まれ、兵庫県姫路市在住。42歳の時、大学院生時代に結婚した1歳上の妻との間に長女(現在小3)が誕生。著書に『家族は他人、じゃあどうする?』(現代書館)など多数。
夫婦って、もっともっと
「目的のない対話」をするべきなのかも

吉田大助さん
おしゃべりな書評家兼ライター、2児のパパ
1977年埼玉県生まれ、東京都在住。小2の長女、2歳の長男のパパ。書評執筆、小説家インタビューなどを行う。共著書に『別冊ダ・ヴィンチ 令和版 解体全書 小説家15名の人生と作品、好きの履歴書』
あわせて読みたい
▶テレ東勤務の育児漫画家・真船佳奈さん「VERYママよ、今こそ自意識過剰をぶっ壊せ!」
▶著書『男コピーライター、育休をとる。』から6年、“子育ての今”を語る【電通社員・魚返洋平さん】
撮影/坂田幸一 取材・文/西原 章 編集/中台麻理恵
*VERY2025年12月号「子育てて気づいた「能力主義の呪縛」からの解放」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のもので、変更になっている場合や商品は販売終了している場合がございます。