河瀨直美監督「同世代の男性監督が海外で賞を獲ったとき、 私は家の床掃除をしていました」
世界に名をとどろかせる映画監督の河瀬直美監督も、実は子育て真っ只中の時期は
存分に「仕事の時間」を持てず、ジレンマを感じることもあったそう。
50代半ばを迎えた今、「自身のしたいことを謳歌する時がやってきた!」という河瀬監督に
“仕事と子育て”の壁にぶち当たりながら毎日を奮闘する
妹世代へのメッセージをいただきました。
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子育ては、“自分”を失う一方で 確かな「愛」を感じられる時間
「愛は個の喪失である」――
今回の映画「たしかにあった幻」の冒頭、まずスクリーンにそんな言葉を置きました。
「愛」は色々なカタチがありますが、例えば「子に渡す愛」はある意味自分を失いながら
渡す行為でもあるし、女性としては、肉体を捧げるという意味もあります。
実は、映画のラストにもう1つ言葉を置いていたんです。
万博で私が企画したパビリオン「dialogue theaterいのちのあかし」のガラス窓に、
同様の手書き文字が描かれているのですが、
「愛とはどちらのものともつかない幸せを共にすること」という言葉です。
でも、最後の編集段階で,あまり文字で意味を明確に告げるのはやめよう、
それは観る皆さんの内側で自由に感じるものだから、と考え直して外したんです。
でも、それが、冒頭に投げかけた言葉に対する私なりの答えです。
いくら「愛」でもぶつけてばかりいると相手は傷つくし、自分も疲弊する。
だから、どちらのものでもない愛を二人の間に存在させて、一緒に愛でること――。
「愛する」とはそういうものだと、思うんです。
STORY世代の皆さんは、仕事と子育ての両立や、
年齢を重ね社会で活躍するといったことも一生懸命されていると思います。
でもきっと今の日本社会の中では様々な局面でまだまだ難しいこともあるでしょう。
それでも、この世界を嘆いてばかりいるのではなく、自分自身が聞く耳を持ち、
ゆるやかにでも心模様を変えてゆく。
そうすることで見える風景が変わっていくという可能性を信じていてください。
この映画の主人公であるコリーのように、知らず知らずのうちに閉じていた心の扉を開く瞬間、
そのことにより明るい風景が広がりはじめることを是非味わって欲しいのです。
50代は、子育て時間で積み重ねたものを カタチにして謳歌するとき
私自身、50代半ばを迎え、息子もまだ学生ではありますが、
20歳を越えて巣立ち始めました。
そんな環境の変化を自覚したとき、もう一度「自分の時間を謳歌する時がやってきた!」
と思ったんです。
子どもがいると、どうしても子どもの時間に合わせなくてはいけないことから、
“自分”を我慢しなくてはならない時期もありました。
そんな中で、同世代で男性監督が、
外の世界へとどんどん飛び出し、世界の舞台で活躍するのを見ていました。
そう、私は是枝裕和さんが、カンヌ映画祭でパルムドールを獲得されたのを耳にした瞬間
自宅の床の拭き掃除をしていたんです(笑)。
日本人監督の偉業を喜ぶ気持ちと同時に、少し羨む気持ちが立ち現れた時。
でも、私は今これをやることが役割で「これでいいんだ」、
これがきっとその後の世界に繋がっていくんだと考えていました
今、積み重ねの中で見えてきたものが、時間をかけてようやく形に出来ているのかもしれません。
そして、子育てを終えた今、その時積み重ねた思いを形にできることが、すごく楽しい。
例えば今、万博関連の仕事で、そのレガシーを継承すべくパビリオンの移築に邁進しているのですが、
そこには様々な壁があるんですね。
話が二転三転する中で奮闘する私を海外留学から夏休みで帰国した息子が見て、
「母ちゃんホント頑張るよね」とスタッフと話していたそうです(笑)。
息子から見て、諦めない母の姿はどのように彼に影響するのかは分かりません。
一回ダメ出しされても、「この人とはダメだったけど、別の人とは大丈夫かもしれない」と
また走り始める諦めない母ちゃんを危なっかしいなと思ってるでしょうね(笑)。
「そのパワーはどこから来るの?」とよく聞かれるのですが、
まだ自分の足で歩けて、自分の手触りを感じることができて、
その間注視したものをカタチにすることができる可能性があるならやるしかない。
もちろん、筋肉や体力は若い頃よりは劣っているけれど、
時間をかけて確実にやれば、きっとカタチになるだろうと信じてる。
何の保証もないけど、裏も表も隠し事もなく、「これをやりたい!」と
思いを伝え続けていれば、必ず「一緒にやりたい」という人が出てくる。
絶対一人じゃない。
しんどくなった時は、素直に甘える。
諦めない限り描いた夢はいつか叶う。
そういうあっけらかんとした前向きさって女性の特権かも、です。
Naomi Kawase
生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける映画作家。一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリー・フィクションの域を越えてカンヌ映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2 つ目の窓』『あん』『光』『朝が来る』など。 世界に表現活動の場を広げながらも、2010年には、故郷・奈良にて「なら国際映画祭」を立ち上げ、後進の育成にも尽力。ユネスコ親善大使、奈良県国際特別大使を務めるほか、大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサー兼シニアアドバイザーを務めた。 俳優として、第 38 回東京国際映画祭最優秀女優賞を受賞する他 CM 演出、エッセイ執筆、D Jなど、ジャンルにこだわらず活動中。 プライベートでは、10年以上にわたりお米作りにも取り組んでいる。
「たしかにあった幻」
出演:ヴィッキー・クリーブス、寛一郎
尾野真千子、北村一輝、永瀬正敏
中野翠咲 、中村旺士郎、岡本玲、松尾翠
小嶋聖、平原テツ、沙織、利重 剛、中島朋子
監督、脚本、編集:河瀨直美
フランスから来日したコリーは、神戸の臓器移植医療センターで働きながら、小児移植医療の促進に取り組んでいたが、西欧とは異なる日本の死生観や
倫理観の壁は思った以上に厚く、医療現場の体制の改善や意識改革は困難でもどかしい思いを抱えていた。そんなコリーの心の支えは、屋久島で運命的
に出会った恋人の迅だったが、彼の誕生日でもある7月7日の七夕に突然、姿を消してしまう。
一年後、迅が失踪するはるか前に彼の家族からも捜索願が出されていたことを知ったコリーは、迅の実家である岐阜へと向かう。そこで明かされた事実はコリーと迅との出逢いが宿命的だったことがわかり
愕然とするコリー。一方、心臓疾患を抱えながら入院していた少女・瞳の病状が急変するが・・・。
2月6日(金)テアトル新宿ほかロードショー
撮影/田頭拓人 取材・構成/河合由樹