協会設立から【フリーランス法】の成立まで。平田麻莉さん「キャリア自律とは、生殺与奪の権を他人に握らせないこと」

結婚・出産を経て、女性が働き続けるのは当たり前の今の時代。内閣総理大臣だって女性だというのに出産や育児、更年期などという理由で、女性が活躍できない、輝けない状況は、まだまだ改善されていません。今回は現状打破を目指し、奮闘する方々にお話をうかがいました。

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平田麻莉さん 44歳
一般社団法人フリーランス協会 代表理事

定義なき働き方から協会設立
そしてフリーランス法制定
声で社会を動かした

会社の看板で仕事をする大人にはなりたくない…学生時代のそんな思いから、平田さんは創業間もないPR会社に入社。その後、大学院の博士課程在籍中に母校から広報の仕事をオファーされるも、学生が本分だからと結ばれたのは業務委託契約。

「業務委託って何? からのスタートでしたが、所属を一つに縛られず、いろんな仕事ができていいな。高校や大学で部活やサークルを掛け持ちした私に向いてるかも」と、いろいろやっていたらフリーランスでした。後に旧友から「お母さんもフリーランスだったよね」と言われ、父の転勤の先々で働いた母も同じだったと気づきます。

出産後、卵巣に腫瘍が見つかります。限られた時間なら家族と過ごそうと、博士課程を退学。幸い再発も転移もなく、社会復帰しますが、待っていたのは制度の壁。保育園に入りにくく、出産手当金もなく、役所の窓口では職員がざわつきます。「基本、いないことになっている存在なんだなと。でも好きで選んだ働き方だから自己責任だと、不満にすら思いませんでした」。

風向きが変わったのは’15年。週3日働き、週4日は主婦という働き方が表彰され、「私もそう働きたい」と相談を受けるように。けれど社会保障の心許なさを知る身では簡単には勧められません。政府が「人生100年時代」の議論を始めても、会議に当事者の姿はなし。ある日のランチ中、「窓口がないから、声を聞けないんじゃない?」という友人の一言に、だったら作ればいいんだと閃き、2カ月後にフリーランス協会が誕生。広報の腕を活かして設立記者発表に臨むと、サービスは未整備なのに3日間で1,500人以上が登録してくれました。

まず着手したのは「定義」づくりと実態把握。当時は議員や記者に「フリーターと何が違うの?」と真顔で問われる時代で、社会不適合者や搾取される弱者というイメージをデータで塗り替えました。

そこから、保活の不利の是正、コロナ禍の持続化給付金やベビーシッター補助が実現。契約トラブルを防ぐフリーランス法は、最初の問題提起から成立まで7年を要すも、書面を交わす習慣のなかった業界の慣習ごと変えた大きな一歩に。

「ルールって声を上げれば変えられるんです」。原点は、女子校の厳しい校則を生徒会が動かした高校時代にあるといいます。

来年、協会は設立10年。次に見据えるのは、出産、育児、介護、更年期などライフステージに応じて会社員とフリーランスを行き来できるシームレスな社会。「キャリア自律とは、生殺与奪の権を他人に握らせないこと。女性だけの話ではありません」。選び直せる人が増えるほど、社会はもっとしなやかになる。その確信に迷いはない。

◯ 編集後記

ライター 羽生田由香

7年かけて勝ち取った私たちの「当たり前」。私も出版の現場で長らく仕事を続けてきて、発注書もない。それが業界の当たり前で過ごしてきました。フリーランス法は本当に画期的で、初めて発注書が届いた日は驚いたほど。今回の取材で、平田さんたちが声を集め、声をあげ、7年にもわたる粘り強い交渉が実った結果だとうかがい、恩恵を受けている一人として背筋が伸びました。

撮影/吉澤健太 取材・文/羽生田由香 ※情報は2026年10月号掲載時のものです。

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