【モデル春香さん】節目の海外移住『50歳からの挑戦は一生の糧になる』

この夏、長年の夢だった海外生活を実現された春香さん。40代前半の頃に“癒し”を求めて計画されていたその夢は、50歳を迎え、新たに「挑戦したい」という意識へと様変わりしたそうです。その心の変化と、決断までの軌跡をお伺いしました。
※内容は『VERY NaVY』2025年10月号に掲載されたものです。
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学生時代からの夢。一度は諦めた「海外生活」

「いつか、海外に住んでみたい」。そんな夢を抱き始めたのは、まだ学生だった頃。けれど、大学時代からモデルとして働き始め、学業との両立に忙しくしているうちに、気づけば留学のタイミングを逃したまま時が経っていました。夫と結婚したときも、「将来はどこか海外で暮らせたらいいね」と話していましたが、お互いに日本での仕事が充実していたこともあり、すぐに行動に移すことはありませんでした。ただ、心の奥には、ずっとその思いが燻り続けていたように思います。そんな私たちが、本気で海外生活を考え始めたのは、40代に入った頃。私自身、ふたりの子どもを産み育てながら休まず働き続けていたこともあり、「少し立ち止まりたい」と感じるようになったのです。「家族でのんびりと過ごす時間がほしい」そんな思いから、自然が豊かなオーストラリアへの長期滞在を真剣に検討し、下見のために何度か現地にも足を運びました。また当時、夫の仕事の関係で、アリゾナ州に数週間、ハンガリーに約1カ月間滞在する機会をいただいたことも大きかったかもしれません。
短期間とはいえ、子どもたちと現地の暮らしに身を置いたことは、「海外で生活する」ことへの現実味を一気に高めてくれました。子どもたちが現地の子と遊び、公園で自然に馴染んでいく様子を眺めながら、「家族で海外に暮らすのも悪くないな」という思いが、ますます強まっていったのです。でも、その後、世界中がコロナ禍に突入したことで、私たちの計画もいったん白紙の状態に。そうこうしているうちに、子どもの受験期や進学が重なり、「いつか」の夢は、再び遠のいてしまったのです。
50歳目前。選んだのは「休憩」でなく未来への「挑戦」
今年、私は50歳を迎え、ひとつの節目を感じています。数年前から、体力の衰えを感じるようになり、「こういうことね」とたびたび実感することも。何かを諦めるほどではないけれど、ふと「これからの人生をどんなふうに重ねていきたいのだろう?」と自問自答することも増えました。そんななか、再び頭に浮かんできたのが、やはり「海外に住みたい」という長年の思いだったのです。40代前半の頃、海外生活に求めていたのは「少しの休憩」や「立ち止まること」でした。若くして仕事を始め、子どもの乳幼児期も育休らしい育休を取らずに働き続けてきたからこそ、一度、心身のリズムを整えたくなったのかもしれません。でも、そうして仕事や日々のことをなんとか続けていくうちに、いつの間にか「もっと視野を広げて、もっといろいろなことをやってみたい!」という新たな欲が、私の中で少しずつ湧き上がってきました。今ならまだ動けるし、体力もある。50歳は、人生をひと区切りするタイミングではなく、むしろ、もう一段ステージを上げるための節目かもしれない――。そう、奮い立ったのです。
滞在先にN.Y.を選んだ理由は、いくつかあります。私にとって、モデルという“表現する仕事”を続けていくうえで、常に新しい刺激を取り込んでいくことは欠かせません。N.Y.にはあらゆる文化が混在していて、感性を刺激されるシーンが日常に溶け込んでいる街。私自身、書道家としての顔も持ち、また撮影では数多くの素晴らしい着物に触れる機会をいただきました。しばらくは子どもたちのサポートが優先のため、現地で何かできるかはまだ未知数ですが、「日本文化を表現する」という視点も大切にしていきたいと考えています。また、夫(小説家・平野啓一郎氏)の仕事にとって、N.Y.は出版の現場を肌で感じられる街であること。彼の本はアメリカでも出版されていますが、日本にいるとどうしてもプロモーションやイベントの参加には限界があります。東京に住むのと同じ感覚で出版社に足を運べる環境が、彼の地にはある。英語圏での出版活動をより積極的に深めていきたいという思いが、夫の中にありました。N.Y.では、滞在の目的や目標は違えど、家族4人が、それぞれの目線でまったく新しい環境を経験していくことになるでしょう。そしてそのことは、きっとこの先の人生に豊かな影響を与えてくれると信じています。
背中を押してくれたのは年齢も立場も違うたくさんの人たち
「家族でN.Y.へ引っ越します」と周囲にお知らせすると、みなさんは、驚くどころかとても喜んでくれました。「絶対に行くべき」「50歳なんてまだ若いんだから!」という言葉をかけてくださったのは、歳上の先輩方。そこには、「自分は行かなかったからこそ」の思いがあったのかもしれません。反対に、海外経験のある友人たちは「絶対にいい経験になるよ!」と太鼓判を押してくれ、そうでない人たちも、「話を聞きたいから、マメに連絡してね」と私たちの経験を一緒に楽しみたいと鼓舞してくれました。なかでも、夫婦で長年お世話になっている横尾忠則さんや親しくさせていただいた故・瀬戸内寂聴さんは、結婚当初から「必ず海外に行きなさい」と、折にふれて声をかけてくださいました。その言葉も、ずっと心に残っていたように思います。身近な人たちが、それぞれの立場で自然と背中を押してくれたこと――、そのことは、私たち家族が移住を決意するうえで力強い支えとなったことは間違いありません。
「50歳からの挑戦」それは一生の糧になる
今回のN.Y.滞在は、家族全員で決めたことです。子どもたちの新しい学校、言葉の壁、日々の暮らし……、もちろん不安はゼロではありませんが、それ以上に、今はワクワクしています。東京での暮らしは快適で便利でしたが、現時点では「まだ自分の可能性を広げたい!」という感覚があります。だからこそ、同じ景色の中に居続けるより、思いきって環境を変えることを選びました。私たちは夫婦ともにフリーランスで仕事をしているからこそ、待っているだけでは誰も風を起こしてくれません。ときには、みずから風を起こし、新たな出会いや発見の機会を生み出していくことが、自分たちの感性をアップデートすることにつながっていくのです。家族の暮らしも、4人がひとつ屋根の下で過ごせる時間は、これからどんどん限られていくでしょう。だからこそ、今この時期に、みんなで同じ“冒険”を共有することに意味があります。この「50歳からの挑戦」は、子どもたちにとっても、夫や私自身にとっても、きっと一生の糧になる。そう信じて、私はこの新たな一歩を踏み出していくつもりです。
春香さん
大学在学中にデビューし、広告や雑誌、ドラマで活躍。女性誌『Domani』等では表紙モデルとして同世代女性の共感を集める存在に。料理研究家や書道家の顔を持つなど、その多才さも魅力。二児の母。夫は小説家・平野啓一郎氏。@haruka__official
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撮影/TOSHI HIRAKAWA(A.K.A) ヘア・メイク/川原文洋(UM) スタイリング/樋田直子 取材・文/村上治子 編集/水澤 薫
*VERY NaVY10月号『モデル春香さんが”50歳からの挑戦”を選んだ理由』より。詳しくは2025年9/5(金)発売VERY NaVY 10月号に掲載しています。