「夫は兄の同級生」NY留学、経営…妻・千保子さんの異色キャリアが【甲子園優勝校・智弁和歌山】の寮母に繋がるまで

子どもが野球やスポーツに携わったことがあるSTORY世代ならば「甲子園優勝」は、ハードな練習を続けた本人の努力と周囲のサポート、そして強運が積み重なったのちに手にする『奇跡の栄光』と身をもって感じているはず。その奇跡を現実に変えた選手たちのメンタル面をサポートしているのが、智弁和歌山野球部寮の寮母を務めている中谷千保子さん(42歳)です。どうしたら、強くブレない気持ちで子ども達に接することができるのか。寮母となるまでの、千保子さんのキャリアと共にお伺いしました。

▼あわせて読みたい
【智弁和歌山】甲子園優勝を支えた寮母が、夫である監督に「唯一お願いしたこと」才能を伸ばす関わり方とは

監督は兄の同級生、子どもの頃から兄以上に兄のような存在でした

「監督との出会いは中学生の頃。私が育った家庭は野球一家で、私の一番上の兄が智弁和歌山の野球部に在籍していて、他校でキャプテンをしていた監督と同級生だったんです。そんな関係で監督が高校生の頃から実家に頻繁に出入りしていたので、実の兄よりも兄みたいな存在でしたね。出会ってからもうすぐ30年。監督が高校卒業後プロに進んだ後も、兄との関係は続いていたので和歌山に戻った時には実家に遊びにきたり、兄を含めて食事をしたりという間柄でした。

私自身は3歳からクラシックバレエを始め、その後、新体操やダンスを始めました。高校卒業後は単身ニューヨークに2年ほどダンス留学へ。帰国後は東京でダンスの仕事を数年したのちに、家族の都合もあり24歳で和歌山に戻りダンススクールとヨガスタジオの経営を始めました。

現在も寮のすぐ近くに酵素浴とチョップドサラダの専門店、ヨガスタジオを備えた複合施設「和の酵素〜叶〜」と別の場所でも蓮舞(はすまい)ヨガスタジオを経営しています。」

1997年、高校3年生だった監督と。

監督が和歌山に戻るタイミングで、選手のコンディショニングを任されて

「監督との関係はその後もずっと変わらず続いていましたが、2018年に選手たちの寮「智翔館」を作るタイミングで、『選手たちの身体のコンディションとメンタルのケアして欲しい』と声をかけていただき、一緒に取り組むことになりました。

経営していたヨガスタジオでは、スポーツ選手の体のケアなどもフォローしていましたし、私とは子どもの頃からの知り合いでお互いに‘素’の部分を知っていたので、監督もやりやすかったのだと思います。

その後、2019年に現在の寮「智翔館」が完成した時に「寮母になって欲しい」と請われた時も「いーよ」と即答でお受けしました。

寮母となることに不安や抵抗がなかったのは、私自身小学校の頃から実家の近所に全国大会レベルの高校の柔道部の寮があり、そこの監督ご家族と家族ぐるみでお付き合いをしていた部分が大きいですね。小学校4年生の頃からその寮にお手伝いに行くことが楽しくて、食料の買い出しから料理まで様々なお手伝いしていたんです。

そこの寮母である監督の奥様はものすごく丁寧な料理をする方で、高校生の寮なのに出汁取りから野菜の面取りまで全て手作りでなされていて。私の寮母としての料理の原点はその方にあります。

そんな手の込んだ料理に触れて学び育ったので、寮母となってメンタル面でのサポートに加え、日々の料理を作ることに迷いや不安はありませんでした。

結婚したのは2020年、お互い再婚同士です。それまでのお互いのキャリアの点と点が全て繋がった結婚でした。」

寮には例年30名程度が入寮。
選手専用の初動負荷トレーニングルームも

怪我の多い選手がきっかけで、酵素浴施設を開業

「私自身、失敗をあまり考えず、とにかくなんでもやってみよう!と走り出す性格で、たとえ失敗したとしても、やらなかったより後悔がないと思えるタイプ。

今も監督から『こういうチームを作りたい』『身体作りのためにこんなサポートをしたい』など日々の会話の中に出てきたことをカタチにしていくことにやり甲斐を感じ、私の役目だと思っています。

酵素浴のある施設を作ったのも、ちょっとした思いつきがきっかけ。以前に疲労骨折や肉離れを繰り返す選手がいたんです。その子をケアしつつ、いかに早く回復させてチームに復帰させるかが課題だったのですが、その時に自分自身も通っていて血液循環が良くなり治癒力を促すことを実感していた酵素風呂を取り入れたいと思い、実行に移しました。

近辺の既存の施設は営業時間が合わなかったり女性限定だったりで選手を通わせることができず、こうなったら自分で作るしかないと思いたち、監督にも相談して2021年に今の施設を完成させました。

きっかけとなった選手は卒業した後の完成となってしまったのは残念ですが、現在も選手たちの身体のケアに酵素浴を取り入れています。

ちなみに酵素浴が役に立ったのか、完成の年に中谷智弁として1度目の甲子園優勝を果たしました。」

千保子さんの手掛ける「和の酵素〜叶」https://c-base.co.jp/

甲子園優勝は一つの通過点 自らこの先の人生を切り開く力をつけてほしい

常にポジティブな姿勢で自らの人生も、選手たちとも向き合ってきた千保子さん。甲子園優勝という『奇跡の栄光』を手にした選手たちが優勝旗を手に宿舎に戻った時にかけた声も、祝福だけではなくその先の人生に目を向かせる言葉でした。

「甲子園優勝は素晴らしい結果で、もちろん私も嬉しかったです。一方で優勝メンバーはこれから先の人生ずっと『甲子園優勝』という看板を背負って生きていくことになるんです。進学しても、就職しても、社会人やプロとして野球を続けても、それはずっとついてまわります。

だから宿舎に戻った選手たちには『甲子園優勝した誰々という看板はずっとつきまとう、その価値を下げないようにこれから先の人生は更にアップデートが必要。ある意味、人生のハードルが上がったのだから気を引き締めて』と言葉をかけました。

優勝は、あくまで2026年8月22日まで彼らが歩んできた道の答え合わせです。

8月23日からは新しい道を歩んでいくという意識を持たないといけません。
だって、彼らの人生先の方がはるかに長いのですから。

私は日頃から、勝ちにも負けにも価値があると思っています。

勝ったら「その理由」を考え学ぶことがありますし、負けた時も「その理由」を考えその時だから響く言葉や痛みの意味を知るという経験も人生には必要なこと。

甲子園優勝はゴールではありません。

彼らがこれから先の人生、自分自身でどれだけ豊かで幸せな人生を切り開いていく力を持っているか、こちら方が重要なんです。私の目標は彼らが社会に出た時に「この子がいてよかった!」と言われる人間を育成すること。答えが出るのは今じゃなくていい。この先、彼らがどんな人生を歩んでいくのかそれを見守っていくのが私の寮母としての最大の楽しみです。」

2021年に甲子園優勝をした時にご家族と。

甲子園優勝から2日後。8月24日に開かれた秋季和歌山大会新人戦に智弁和歌山は新チームで挑み、2回戦で和歌山東に2-5で敗れ、秋季県大会は一次戦に回ることになりました。新人戦で4強に入れば来春の選抜出場をかけた県大会に2次戦から出場できたところを、この黒星で1次戦から出場することに。

選手たちは今きっと、「勝ちにも負けにも意味がある」中谷千保子さんのこの言葉に支えられ、新しい道を歩んでいるに違いありません。

続き完結編も近日公開予定

「必要なのは覚悟と愛情」野球部員のメンタルを支える寮母が、迷走する思春期親子にアドバイス

おすすめ記事はこちら

【特別カット集】「全員の力で甲子園優勝」智弁和歌山・中谷監督ファミリー、選手が笑顔で集合

「親の視野は狭い」と自覚することから【智弁和歌山・スーパー寮母】が語る、伴走する子育て

プロ野球オリックスのT-岡田選手、専門家たちが語る「おばちゃん野球コーチ」の魅力とは

取材・文/安西繁美 構成/玉榮日菜子

STORY