元競泳五輪代表・伊藤華英さん「生理と重なり実力が出せなかった」過去大会での後悔明かす

競泳選手として、北京・ロンドンのオリンピック2大会に出場した伊藤華英さん。現役時代、競技中の生理に悩まされた経験から、現在は若手アスリートへの発信と啓蒙活動に力を入れています。「生理はしんどいけれど、それが当たり前だと思っていた」という伊藤さんの価値観が変わったきっかけ、さらに今回のパリオリンピック競泳の見どころについて聞きました。

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オリンピック競泳「各国の注目選手」は?

──いよいよオリンピックの競泳競技がスタート。「知っていたら観戦がもっと面白くなるポイント」があれば教えてください。

実は、オリンピックなど国際大会のプールは水温が低いことが多いんです。温水プールに慣れている日本人にとってはかなり冷たい温度です。レース前後は水着の上にパーカなどを羽織っている選手も多いですが、思った以上に体が冷えるので体温調節は必須なんです。今大会の競泳の予選はテレビ観戦しやすい日本時間の夕刻スタートが多いので、お子さんと観るのもおすすめです。東京大会から採用された男女混合リレーも面白いですよ。

 

──今回のオリンピックで、特に伊藤さんが注目されている選手はいますか?

若い世代の活躍が見られるのも、オリンピックの楽しみの一つですよね。カナダ代表のサマー・マッキントッシュ選手は17歳。現在400メートル個人メドレーの世界記録保持者ですが、個人メドレー200m、400m、自由形400m、バタフライ200m、800mリレーも出場するといわれており、7月27日から9日間、毎日レースに出ることが予想されます。「才能溢れる泳ぎに注目です。彼女は今大会の主役になると思います。さらに、男子の主役になるといえば、フランス代表のレオン・マルシャン選手は22歳で、男子の400メートル個人メドレー世界記録保持者。200m個人メドレー、200mバタフライ、200m平泳ぎに出場します。地元出身ということもあり、複数メダル獲得への期待が高まっています。瀬戸大也選手や池江璃花子選手など、日本の注目選手もたくさんいます。200mバタフライで決勝に残る可能性があるといわれる、20歳の三井愛梨選手の泳ぎにも着目してください。 (※編集部注・取材はオリンピック開催前の7月上旬に行いました)

競技前のピル服用でトラブル。伝えたい「生理のこと」

──伊藤さんご自身のオリンピック経験で、印象に残ったことはどんなことでしょうか。たとえば同じ代表チームの選手は普段から一緒に練習し、切磋琢磨しているライバル。競技の直前にはピリピリする。そんなことはありませんでしたか?

確かにライバルではありますが、みんな仲良しで大好きな仲間。いくら自分が焦っても、相手を変えることはできません。だから自分が速くなるしかないし、相手にも強くなってもらいたい。水泳は個人競技が多いですが、オリンピックのような国際大会では、代表チームみんなで戦う団体競技ともいえます。決勝に残るのが自分一人だけで注目されるより、日本チームの誰か一人でも多く残っていてくれるほうが心強かったです。

 

──現役時代の経験から、現在は若手のアスリートに向けて「スポーツと生理」に関する情報発信をされています。

まさに北京オリンピック直前のこと。大会本番と生理が重なりそうだったので、コーチやドクターと相談し、中用量ピルを服用することにしました。ところが副作用で一気に4〜5キロ体重が増加してしまい、コンディションが大きく崩れてしまったのです。身体が常にむくんでいて、水を切るような感覚もなくなり、結果にも大きく影響しました。現在は、私が現役のころと比べ、女性トップアスリートへのサポート体制は手厚くなっています。でも、部活でスポーツをやっている若い世代や男性も知識を持って、一歩前に進んでほしいです。

 

──現役時代、女性アスリート同士で生理について話すことはありませんでしたか?

「今日生理なんだよね」「しんどいよね」という程度でしたね。生理があるのは当たり前、つらくても当たり前という感覚です。生理中も競技を休みたくないのでタンポンを使用していましたが、「水泳選手はみんな使っているみたいだから、私も」という感じ。本当に何も知らないまま現役時代を過ごしてしまいましたが、引退後は婦人科のかかりつけ医や、現在の活動で関わっている医師の方からアドバイスをもらうようになりました。

私はPMSも酷くて生理前後はメンタルも落ち込みます。だから若い世代のアスリートたちにも、「自分の生理周期を知り、さらに周期ごとのメンタルや体調の変化を意識して、自分のペースをつかんでほしい」と話しています。

 

「生理は健康のバロメーターではない」医師のひと言に衝撃

──先ほど、かかりつけ医のお話が出ました。妊娠・出産以外では婦人科に行くことがあまりないという人も多いと思いますが、伊藤さんはどんな経緯で婦人科に通おうと思ったのでしょうか。

大会の帯同ドクターをやってくださったことをきっかけに産婦人科の先生と知り合いました。「よかったら子宮頸がんの検診に来ない?」と誘われ、引退後に足を運んでみたんです。そこで先生から「生理が来ていることだけが健康のバロメーターではない」と言われたことは衝撃的でしたね。

「生理」というだけあって、自分の中で勝手に起きている生理現象として考えていました。当時は、無理に薬で生理をコントロールしたらかえってよくない。将来の妊娠にも差し障りがあるかもしれないと思い込んでいました。生理周期が整っていればそれだけで健康というわけでもないし、過多月経や子宮内膜症に気づいていないというケースもあります。きちんと病院にかかり、自分の身体を知ることは大切です。

今は知識を得た上で、自分で人生を選び取っていく時代だと思っています。私は子どもが欲しいと思った際、かかりつけ医と相談して、ホルモン検査などで自分の身体の状態を知ったことで、妊娠にポジティブに向き合えたと思っています。若い世代にも選択肢がたくさんある中で自分に合うものを見つけてほしいから、そのための啓蒙活動は続けていきたいです

PROFILE

伊藤 華英(いとうはなえ)さん

1985年生まれ。埼玉県出身。ベビースイミングから水泳を始め、高校時代には、100m、200m背泳ぎで日本新記録を打ち立てるなど活躍。2008年、北京オリンピックに出場し、100m背泳ぎで8位入賞。その後、2012年にはロンドンオリンピックに出場し、同年現役引退。引退後は、順天堂大学大学院にて精神保健学を専攻。アスリートとしての経験を踏まえ講義・講演を行うほか、ピラティスコーチとしても活動中。著書に『これからの人生と生理を考える』(山川出版社)がある。一児の母。

撮影/秋山博紀 ヘア・メーク/本多遥香(ROI) 取材・文/樋口可奈子

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