さまざまな要素を吸収して踊る正統派王子【王子様の推しドコロ】vol.24 渡邊峻郁さん
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Photo by Yumiko Inoue
PROFILE
わたなべ・たかふみ/1990年7月26日生まれ、福島県出身。身長180㎝、血液O型。10歳でバレエと出会い、全国ジュニアバレエコンクール ジャパングランプリでスカラシップを獲り、16歳でモナコ・プリンセス・グレースアカデミーへ留学。首席で卒業後、フランスのトゥールーズ・キャピトル・バレエに入団。古典クラシックの主役からバランシン、キリアンなどのコンテンポラリー作品まで幅広く活躍。2016年に帰国し新国立劇場バレエ団にソリストとして入団。2019年にはプリンシパルに昇格し、『ジゼル』『白鳥の湖』『眠りの森の美女』『不思議の国のアリス』『ロメオとジュリエット』など、様々な主役を踊り正統派の王子さまダンサーとして人気。

『シンデレラ』より Photo by Hidemi Seto
新国立劇場を拠点とし、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとして活躍した世界的バレリーナ・吉田 都さんが芸術監督を務める新国立劇場バレエ団。国内のトップダンサーがせめぎ合うバレエ団の中でひと際端正な踊りで、“正統派王子様”ダンサーとして人気を集めるのが渡邊峻郁さん。2025年10月からの演目『シンデレラ』ではもちろん王子役を踊ります。
周りのおかげでバレエ留学までできたことが幸せ
――10歳でバレエと出合い、16歳でモナコに留学した渡邊さん。運命の出会いのきっかけを聞くと……。
「もともと両親がよくクラシック音楽を家で流していたり、バレエの専門チャンネルに登録して見ている家で育ちました。姉がバレエを習っていて、姿勢が悪かった僕に母がすすめたのがきっかけです。それまで水泳を習っていたような普通の男の子だったので、バレエ教室唯一の男子生徒、そしてタイツをはいて踊ることは正直恥ずかしかったんです。でも、先生が東京から教えに来てくださっていた男性の先生で、熱心に教えてくれて……恥ずかしさを忘れるほど音楽と一体化できる感覚が楽しくてすぐにハマりました。漠然とずっと続けていたいと思っていたバレエですが、コンクールでスカラシップを獲りモナコ・プリンセス・グレースアカデミーに留学が決まり『プロになる!』と決意しました。コンクールに出る時は、毎日レッスンをしてくださった先生、留学先の学校とのやり取りを親身になって支援してくださった英語の先生。そして決断を見守ってくれた家族。たくさんの人たちに支えられて16歳で留学できたなと、最近改めて感じる日々です。卒業までの間は、言葉の壁もあり、必死の毎日。卒業試験が終わった後も、周りの先生たちには褒めていただいたのに、自分ではあまり納得がいかず、“首席”だった時は驚きの気持ちが大きかったことを覚えています」
――その後、フランスのトゥールーズ・キャピトル・バレエに入団。
「6年間在籍しました。ニューヨーク・シティ・バレエ団やアメリカン・バレエ・シアターで活躍されていたナネット・グルシャクさんが最初の芸術監督で、途中から元パリ・オペラ座バレエ団のカデル・ベラルビさんに変わったことで、カンパニーで踊る作品のレパートリーががらりと変わりました。バランシン作品からヌレエフ作品まで毛色の違う作品を多く踊れたことは今の僕の財産になっています」
――ゆくゆくは帰国し、日本で踊りたいと考えていたのでしょうか?
「考えていました。当時、弟(新国立劇場バレエ団ファーストアーティスト・渡邊拓朗さん)が新国立劇場バレエ団の研修所にいて、バレエ団の素敵な評判を聞いていました。テレビでも公演を目にする機会があり、なにより作品のレパートリーに惹かれて、25歳で門をたたきました」
幅広い作品に参加してきたことがバレエ人生の財産
――16歳で海外に渡り、研鑽を重ねてきた渡邊さん。最も大きな試練は?と聞くと。
「プリンシパルに任命していただいた『ロメオとジュリエット』の公演でしょうか。ドラマ性が重要視されながら実は体力的にもとても消耗する作品。さらに怪我も抱えていて体力的にも精神的にも余裕がない中、踊り切った後に任命していただき、安堵もあり“きょとん”としていました(笑)。プリンシパルになって、見合った踊りをしなくてはいけないという責任感は重くなりましたが、今できることを懸命にこなしていく、ということには変わりないと思っています」
――今までのバレエ人生の数ある転機の中でも1番の転機は新国立劇場バレエ団で踊ることになったことだそうですね。
「トゥールーズでは、踊る作品の半分がコンテンポラリーやネオクラシックのミックスプログラムだったのですが、新国立劇場バレエ団で踊るようになってから、全幕の作品を踊る機会が格段に増えたんです。全幕作品は、テクニックだけではなく物語をどう伝えるかという、演技や表現の部分もとても大事になってきます。役作りも改めて深く考えるようになりましたし、作品への取り組み方が変化しました」

『シンデレラ』より Photo by Hidemi Seto
――身長を生かしたダイナミックでキレのある踊り、伸びやかで浮かび上がるような大きなジャンプ。見る人を惹きつける魅力と華がありながら、その印象は役によってがらりと変わる。渡邉さんは優しい役柄が好きと言いますがそれは、誠実に取材に受け答えする絵に描いたような好青年である本人の人柄に近いからなのだと感じます。
「原作がある場合は、読んでから役作りします。バレエは、非現実的な役が多いので悪役の視線の配り方などは映画を参考にしたり、同じ役を踊った偉大なダンサーたちの過去の動画も必ずチェックします。バレエ小説の『spring』(恩田陸著/筑摩書房)では、登場人物のある描写がその時の自分に重なる部分があって、すごく参考になりました。生活の中の様々なものが役作りの参考になるので、常にアンテナを張っています。今までで体力やテクニック面でもいちばん難しかった踊りは『夏の夜の夢』のオーベロン。役柄的には、年齢の違う役を演じ分ける『ホフマン物語』の悪魔4役は悩みました。ですが、難しい役をやり切ることに楽しさも感じます。毎日レッスンをしていると同じことの繰り返しでもあるんですが、だからこそ難題に挑戦して乗り越えるよろこびが必要。そうしないと成長していけないと思っています」
目標としているのは、パートナーに信頼されるダンサー
――意外にも追い込まれると燃えるタイプ。一緒に踊る女性ダンサーは、渡邊さんを「優しくて、女性に寄り添ってくれる。コミュニケーションを深めながら一緒に舞台をつくっていけるダンサー」と言います。
「バレエは女性が主役のことが多いですし、パートナーの女性ダンサーに輝いてほしいから、女性に信頼されるダンサーを目標にしています。パートナーのクセや踊りを常に意識して先回れるようにしています。海外のカンパニーで様々な年齢のパートナーと踊ってきたことも強みになっていると思います。たとえば、元英国ロイヤルバレエのフェデリコ・ボネッリさんのように、女性ダンサーに指名されるぐらいアシストがうまくて、ノーブルで、見ている人が世界観に没入できる深い表現力を携えるダンサーに憧れています。目下の踊りの課題は、アームス(=腕の使い方)。その流れや動きで踊りに立体感が生まれ、より優雅さやエレガンスを表現できる。王子役をやる上で特に重要なんです」
――海外ではベジャール、キリアン、ドゥアトなどの現代振付家の踊りを、新国立劇場バレエ団でも多くの古典バレエをすでに踊り評価を得ている。
「踊ってみたいという憧れがあるのはクリスタル・パイトさんの作品。パイト作品はコンテンポラリーですが初めて見た時に、ビビビッて衝撃が走ったんです。振付がぴたっと音にハマっていて見ていて気持ちがよく、踊ったことがない分野なので憧れています。バレエってクラシックもコンテンポラリーも音楽があってこそだと思うんです。音楽の中に感情表現を表すフレーズが盛り込まれているから、しっかり音を聞いて音にきちんとハマるような踊り方は大事にしています。普段から音楽はテイスト問わずよく聞くほう。藤井風さんや米津玄師さんのファンで楽屋でもかけて、よく歌っています(笑)。この間は、米津玄師さん、宇多田ヒカルさんの歌を映画館で聞きたくて劇場版『チェンソーマン レゼ篇』を見にいきました」

『シンデレラ』より Photo by Hidemi Seto
――10月17日からのフレデリック・アシュトン版『シンデレラ』では王子さま役で出演予定。誰もが親しみのある物語ですが、アシュトンが振り付けたこのバージョンは日本では新国立劇場バレエ団だけが上演できます。
「アシュトン版は魅力的なキャラクターが個性豊かに描かれています。義理のお姉さんたちも不快な意地悪さではなく、コミカルでチャーミング。そんなお姉さん役を男性ダンサーが踊る楽しみもあります。シンデレラに魔法をかける仙女も、宮廷の盛り上げ役の道化も、みんなキャラクターがしっかり描かれています。登場人物同士のコミカルな掛け合いもあり、シンデレラと王子の織りなすロマンティックなシーンがあり、シンデレラが美しく変身しお城へ行く、息を呑むほど美しいファンタジックな演出も。衣裳も細部までこだわり抜いたものばかり。見るたびに違う注目ポイントが見つかる、初心者でも楽しめる作品だと思います」
――クセの強いキャラクターが多数登場する中で、王子は驚くほどクセのない誠実で爽やかな印象です。
「シンデレラの王子はみんなが憧れる正統派の王子。まず注目してほしいのは登場シーン。王子の友人役の4人の男性ダンサーが登場し、彼らが分かれた瞬間に颯爽と登場するんです! ここでどれだけかっこよく王子らしく登場できるかが大切なので研究中です。期待してください(笑)。正統派の王子なので自分らしさとしては、音のとり方を大事にしています。見ている人に『王子さまがいる!』って思ってもらうために、優雅に見える溜めを大事に踊りたいと思っています。の見どころのグラン・パ・ド・ドゥ(男女ペアの踊り)は、女性ダンサーのソロから始まり、男性のソロがあり、2人が惹かれ合い、感情が最高に高まったところでふたりでアダージオを踊ります。クラシック作品ではみない珍しい流れですが、感情移入しやすく、すごくドラマティック。映画を見ている感覚で堪能していただけると思います。バレエはセリフがない分、国籍関係なく美しい演出と身体表現と音楽で様々な人たちに楽しんでいただくことができる芸術。クラシックの全幕は聞き馴染みのある曲が多いですし、『シンデレラ』は物語も馴染みがあると思います。ディズニー版『シンデレラ』とはストーリーが少し違う部分もあるので、その違いを見終わった後、お友達と話すのも楽しいと思います。そ・し・て! 新国立劇場バレエ団は素敵なダンサーが多いので、一度観に来ていただければ魅力が伝わるはず! バレエを鑑賞した経験がない方は、いつもとは違う体験ができますので、夢の世界へ足を運んでみてください」

渡邊さんの姿を見られるのは…… 『シンデレラ』新国立劇場 オペラハウス(2025年10月17日~26日)
おとぎ話として世界中で慣れ親しまれてきた『シンデレラ』。母を亡くし義理の姉たちに蔑まれながらも、明るく健気に過ごすシンデレラ。清らかな心を見初められ仙女に魔法をかけられ誰もが心奪われる美しい衣裳を身に纏いガラスの靴を履いて舞踏会へ行くが……そんな夢のような世界観を、艶やかなプロコフィエフの旋律とともに、ユーモラスでありながらロマンティックに描いた、観た人誰もが幸せな気分に浸れる作品です。シンデレラが登場する息を呑むほど美しい名場面は必見! 渡邊さんは、10月17日18:30~、19日18:00~、25日13:00~(新国立劇場 オペラパレス)に王子役で出演予定。詳しくはHP(シンデレラ | 新国立劇場 バレエ)にてご確認ください。
取材・文/味澤彩子